日本の女優達の中でも”抜群”の「安定感」を思った女優さんと言えば誰を思い出すでしょうか?

私なら、いの一番で思い出すのが「石田ゆり子」さんですね!!


引用元【インスタグラム(yuriyuri1003)】

“アラフィー”になっても「美魔女」は健在で、年を重ねる毎に”大人の魅力”も増して行き
ドンドン第二の「吉永小百合」さんに近づいていると感じるのは私だけでしょうか?

若い頃から同じ”清純派女優”と呼ばれご活躍されていたし、ご出身地が同じ”東京都”であり、
何よりも石田ゆり子さんの憧れの女優が「吉永小百合」さんであること。

また、こちらの写真をご覧ください↓↓↓
超若い頃の”吉永小百合”さんですが同様、若い頃の”石田ゆり子”に似てると思いませんか?


引用元【ツイッター(ゆきちゃん巨人搭)】

最近ではチョクチョク、テレビドラマ・トーク番組・バラエティー番組などでお姿を見る機会が
増えており、以前と変わらぬ”美貌”や”スタイル”を維持し、見事な「美魔女」っぷりを?ご披露
されておられますが、なんと!現在のご年齢は”アラフィー”に達したらしく同世代の女性と
比較にならぬ”艶やかなお肌”で若い男性達を虜にしているようです。

そんな”美魔女”を最近では、”奇跡のアラフィー”とか”奇跡のお肌”等と呼ばれているらしく、
特に”美容”を気にしている若い女性達から「美オーラが凄い!」と話題になっているそうです。

では”奇跡のアラフィー”はどのようにして”美肌”を保っているのでしょうか?

実は!”美容”に関して石田ゆり子さんは”3つの拘り”があるそうで、それを忠実に守ることで
若々しい”アラフィー”を実現しているそうです。

ただご本人曰く”これと言って変わったことを行っている”のではなく、世間一般で言われている
普通のお肌対策「食事・睡眠・程度な運動」を行っているだけとのこと。

食事に関しては、普段から”栄養バランス”がとれた食事を心がけることも大切ですが、時折何か
“良い行い”をした時に「ご褒美」として豪華な食事を摂ることが最も大切らしく、たぶん”心の
ケア―”の一環だと思いますが、喜びを体全体で”味合う”ことも意識しているようです。

また、”お肌のケア―”では欠かす事のできない「睡眠」も大事!とこのとで、多忙な”女優業”の
仕事の最中でも”空き時間”を利用して、ある程度の睡眠時間は必ず確保しているそうです。

ドラマロケや映画撮影などは、他の”俳優人”との時間調整が必要であることから”不規則”な
仕事になることが殆どで、そのため「日夜を問わず」寝れる時には妥協しないで睡眠を確保して
いるそうです。

最後に「程度な運動」ですが、石田ゆり子さんは”健康法”として若い頃から「ピラティス」を
好んで続けているらしく”柔らかい体”作りを心がけているそうで、仕事の合間でも自由時間が
出来たら”寝るか?”あるいは”ストレッチするか?”を意識的に行っているそうです。


引用元【インスタグラム(yuriyuri1003)】

“美容法”は人それぞれ”やり方”があると思いますが”噂”や”情報”に惑わされず、何でもかんでも
行うのではなく石田ゆり子さんの場合、あまり難しく考えずに”できる範囲で無理せず”に
行うことを心がけているようで「心に負担が掛からない」美容法に取り組んでいるそうです。

あなたも今日から石田ゆり子さんの”美容法”をマネされて「美魔女」を手に入れて下さい。笑;

今回は、そんな「美魔女」にスポットを当てて見ました。


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◇ 石田ゆり子さんの昔(中学・高校・大学)とは?

石田ゆり子さんは1969年10月3日生まれの50歳(2019年)で、ご出身は「東京都」です。

ご出身の”東京都”にあるご自宅で、ご両親と兄と妹の五人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に

有る学校に通うのが一般なので、石田ゆり子さんも(東京都)内の小学校・中学校に通っていたと
推測できます。

ところが”石田家”は父親の仕事(日本郵船株式会社)の関係で”転勤族”だったらしく国内は元より
海外まで移り住んでいたので、小学校高学年~中学校ご卒業頃までは海外(台湾)で生活していた
ようです。



引用元【サイト(新・只のメモ帳)】

“転勤族”だったので各地の小学校を転々としており、通った小学校を絞るのは難しいのですが
「名古屋~大阪~川崎~台北(台湾)」の各地”4校”に入学したそうです。

そんな”忙しない”小学校時代でしたが、小学校三年生から”習いごと”に通っていたらしく
「ピアノ・水泳」教室で学んでいたそうです。

ちなみに四歳年下の”妹”は、今や誰もが知る同じ女優の「石田ひかり」さんですね!


引用元【インスタグラム(miyuki11w_hm)】

お二人は本当に良く似た姉妹で、妹さんもお姉ちゃんと一緒に”習いごと”に通っていたので
しょうか?

なので一見”仲の良さそう”な姉妹ですが、実は!子供の頃は”たわいもない”事で、しょちゅう
ケンカをしていたそうです。

石田ゆり子さんは幼い頃から”インドア派”で、家の中に居ることが多いお子さんだったらしく
「読書や図画」を好んで行っていたそうで、”人と戯れる”のが嫌いな性格のようでした。

なのでその当時の将来の夢は「絵本を書く人」と決めていたそうです。

ただ今と変わらない?ちょっと”天然”な部分もあったらしく”前転すると翌日になる!?”と
信じていたようです。誰に教わったのでしょうか?

習いごとで行っていた”水泳”では、特に才能が”発揮”したそうで小学校高学年の時にジュニア
オリンピックに出場して”平泳ぎ”で「上位入賞」を果たしたそうです。

ちなにみ、この時の優勝者は・・・何と!夏季オリンピック(水泳:平泳ぎ)で活躍した秋田県
ご出身の「長崎宏子」さんとのこと。

練習は相当厳しかったようで、実力が認められてからは高校二年生まで毎日、最低でも5,000m
泳いでいたそうです。

忙しい小学時代を過ごしておりましたが、六年生の時に父親の仕事の関係で”台湾台北”へと移り、そのため通っていた小学校は台湾台北市にある”台北市日僑学校”に「転校」しました。

ここは”日本人学校”らしく在日日本人向けの小学校として知られているそうです。



引用元【サイト(自由時報版權所有不得轉載)】

現在の台湾人は非常に”クリスチャン”が多く、石田家も厳格な”クリスチャン”とのことなので、
地元の人達との”交流関係”は特に問題なく生活できていたのでしょう。

中学生時代も”水泳”は積極的に行ていたそうで、得意の”平泳ぎ”では台湾のナショナルチームに
所属するほどの”腕前”でした。

そのため台湾での”水泳練習”も相当きつかったようで、一日平均一万メートルは必ず泳いで
いたそうで、時には”泳いでいる意味”を失いかけたことが何度もあったそうですが、妹の
「ひかり」さんと共に耐えながら頑張って練習に励んでいたそうです。

姉妹が居たから過酷な練習に耐えられていたのかも?知れません。

ただ”水泳に勤しんだ”苦しい台湾時代の思いでしか残っておらないのか?と思いきや、意外に
練習以外は”充実した生活”を送っていたようで、コラムサイトで有名な”ナリナリドットコム”の
インタビューで以下のように答えております↓↓↓

私は父の仕事の関係で 12歳から15歳まで台北に住んでいました。一番多感な思春期を海外で過ごしたことは視野を広げる意味でとっても素晴らしいことだった気がします

※ 引用元【サイト(exciteニュース)】


その後、中学校ご卒業の時期に近づいた時、また父親の仕事関係で日本に戻る事となり、東京が
仕事場だったのか?東京都世田谷区にある”東京都立桜町高等学校”にご入学されております。

高校時代も”水泳”を頑張って”オリンピック選手”を狙うのか?と思いきや、実は!以前から
将来も”水泳”を続ける気はなかったそうで、女性向けファッション誌の”FRaU”のインタビューで
以下のように答えております↓↓↓

水泳選手になりたいと思ったことは一切なかったです。高校生になったら水泳はやめて、大学は美大に進学しようとか、私なりにいろいろ計画していました。でも、親が水泳をやめさせてくれなくて(苦笑)。よく妹(石田ひかりさん)と2人で、『私たち、いつ陸に上がれるんだろう? 一生水の中は嫌だよね』って話してました。

※ 引用元【サイト(講談社・FRaU)】


水泳選手以外を目指すなら、元から絵描き(絵本を書く人)になることが夢だったので、大学は
“美大”に進むことを望んでいたのでしょうけど、ある日それが”現実”になる出来事が起こります。

それは高校一年生の時に”街”を歩いた時に芸能事務所のスタッフから声をかけられたらしく、
そのスカウトに応じて”芸能界の扉”を開いたそうです。

その時の心境は、姉妹二人揃って「これでやっと陸に上がれる!」と大喜びしたそうです。

もちろん、父親は子供達が幼い頃”門限19:00″と決めつけていた「厳格な親」でしたから
“芸能界”という「不安定」な職業に就くことに猛反対!で、”水泳”を辞めることも反対して
おりましたから、石田ゆり子さんは芸能事務所入りは”不可能”だと思っていたそうです。

しかし父親と芸能事務所とで話をした時、父親を説得したのは事務所側だったらしく、父親も
それに折れて承諾したそうです。

石田ゆり子さんは事務所のレッスンが忙しくなり、念願であった”水泳”を辞めて陸上へ見事
「帰還」しましたが、妹の”ひかり”さんはまだ水の中でした。

しかしある日、街を歩いていると芸能事務所から姉のように声をかけられ応じると、そのまま
スカウトされて”同じ芸能事務所”へと所属する事となりますが、その時声をかけたスタッフは
“姉妹”であることを知らずにスカウトしたそうです。

そして晴れて妹の”ひかり”さんも陸上へ帰還することができました。笑;

芸能界での活動がスタートすると、始めは”モデル業”をメインに活動していたらしく、全日空の
「沖縄キャンペーンガール」に抜擢され、”テレビCM”や”ポスター”などのモデルを担当して
いたそうです。



引用元【サイト(YouTube)】

ちなみに、この”テレビCM”では実際の”水泳シーン”が放送されているのですが、たぶん昔から
水泳が”得意”だったことが”功を称し”抜擢に至ったのではないでしょうか?

放送では見事な「バタフライ・シーン」を見せており、非常に”若々しく”て”初々しい”姿の
石田ゆり子さんを拝見することができます。

仕事が活気ずくと”文芸両道”が難しくなり”中退”も考えたそうですが、そこは厳格な父の出番!
少なくても高校は”卒業”するようにと勧めたのか?”転校”した時期は定かではありませんが、
東京渋谷区にある”東京都立青山高等学校”の「定時制」へと転校されております。
※ 東京都立青山高等学校の定時制は2003年3月で閉校。


引用元【インスタグラム(yuriyuri1003)】

“モデル業”が忙しいまま、高校をご卒業されると、直ぐに?あるいは期間を置いて?詳しくは
分かりませんが、東京豊島区にある”女子栄養大学短期大学部”の「夜間部」にご入学されます。

推測ですが、こちらも父親の勧めで”大卒の資格”を得るために芸能活動が忙しい時、無理して
ご入学されたのではないでしょうか?

そのため短期大学(二年)なのにご卒業されたのは、その五年後(自身23歳の時)なので高卒後
期間を開けたか?あるいは留年してご卒業されたか?いずれにしても一般の”短大生”の卒業
時期とは”ズレ”ているようです。



引用元【サイト(レジュメディア)】

高校卒業後、自身の意志か?あるいは事務所方針なのか?分かりませんが”モデル”から”女優”を
目指すようになり、テレビドラマや映画の出演が増えて行きます。

しかし、事務所レッスンでしか”俳優”の経験がなかったので、実際の現場に行くと思うように
行かず、周りに”叱られて”「泣きながら」仕事を熟していたそうです。

女優業として初めて担った仕事は1988年公開予定だった映画”悲しい色やねん”の撮影のようで、
当時の様子を”FRaU”のインタビューで語っております↓↓↓

「最初の頃は、行く現場現場でこっぴどく叱られました。当たり前ですよね、何もわかってない上に、笑うことすら満足にできないんですから(苦笑)。とくに、生まれて初めて出演した映画が、森田芳光監督の『悲しい色やねん』(1988年)という作品だったんですけど、あまりに何もできない私に、森田監督に、『お前なんか辞めちまえ!』と言われた、そのことは、今もよく覚えています。当時はすごく傷ついて、『何て悲しいんだろう』と思ったけれど、後になって、『何とか森田監督ともう一回仕事をして、褒められたい!』という気持ちが沸々と湧いてきた。森田監督の一言が、私に、俳優という仕事をしがみついてでも続けていこうと思わせてくれたんです」

※ 引用元【サイト(講談社・FRaU)】


石田ゆり子さんに「女優魂」を据え付けたのは名誉映画監督「(故)森田芳光」氏のようですね!

映画は無事に完成し予定通り1988年に公開され、石田ゆり子さんの記念すべき”映画デビュー”を
飾った作品となりました。




さらに同年の11月からNHKで放送されたテレビドラマ”海の群星”で、”ドラマデビュー”も
果たしました。

その後はご存じの通り、テレビドラマではTBS系列”武田信玄”、フジテレビ系列”101回目の
プロポーズ”、”世にも奇妙な物語シリーズ”、”美味しんぼシリーズ”、”Dr.コトー診療所”、
テレビ朝日系列”名探偵・明智小五郎”。

映画では”極道の妻たち”、”彼女が結婚しない理由”、”釣りバカ日誌17″、”幸福な食卓”。

ついでに私の大好きなアニメ”真救世主伝説・北斗の拳シリーズ”の「ユリヤ」役で声優なども
熟し、数々の記憶に残る「話題作」に多数ご出演され、今に至っております。


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◇ 石田ゆり子さんと栗原はるみさんとの関係?

石田ゆり子と言えば”女優・俳優”のイメージが直ぐに浮かび、日本の女優と言えば”生活感”を
感じさせないことでどんな役でも熟せる名女優と言えると思います。

なので”美魔女”で有名な石田ゆり子も、”猫好き”意外のプライベートな部分は謎が多い女優の
イメージが強く、料理や掃除などの”家事”を行っているとは思えませんよね!

しかし実は!石田ゆり子は大学時代”女子栄養大学短期大学部”にご入学された経験があり、
意外にも”食”に関しての勉強をなされているので、その気があればいつでも料理の一つや
二つ!出来てあたり前の”技量”は持っているはずです。

なので最近になり”料理”に興味を持ち直したのか?料理研究家で有名な「栗原はるみ」さんから
料理を学ぶことが多くあるらしく、最近では一緒に料理をしている様子を日本テレビ系列で
放送されているトーク番組”おしゃれイズム”で取り上げら話題になっておりました。

実はお二人!「バタートースト系」のお友達なのか?石田ゆり子さんの大好きな一品として
自身の公式インスタグラムで”はちみつバタートースト”の写真をアップしているし↓↓↓


引用元【インスタグラム(yuriyuri1003)】

一方の栗原はるみさんも自身の考案で”ジャムバタートースト”のレシピを公開されております。

こちらはNHKが放送しているお馴染み”生活情報番組”の「ガッテン!」で紹介されたもので、
“バター”をジャムで包みことで”脂分”を感じ難くなり、パン本来の”味”とジャムの”香り”を
引き立たせ滑らかな”食感”を味わえて美味しいと、子供から大人まで好評で大きく話題になって
おりました。



引用元【サイト(やまでらくみこのレシピ)】

現在でもプライベートでは相当”お料理”でお世話になっているようで、様々な料理を習って
いることから、ある意味「花嫁修業の一環」なのでしょうか?

ただ「年齢」が”ご結婚適齢期”を超えているのでは・・・?


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◇ 石田ゆり子さんの猫好き!

今や誰もが知る石田ゆり子さんの「動物好き(特に猫)」ですが以前、普段から使っている自身の
“公式”インスタグラムと、自身が撮影した動物写真類をアップする”動物専用”のアカウントを
新たに設けるとして話題になっておりました。

引用元【インスタグラム(snowhoney3ohagi)】←これが猫専用垢!

その時の添付コメントがこちら↓↓↓

突然ですが私と暮らす雪、ハニタビ、はちみつ兄弟専用のアカウントを作りました。 あまりにも、動物だらけなので試しに分けてみました。よかったらよろしくお願いします。

※ 引用元【インスタグラム(snowhoney3ohagi)】


実は!以前から石田ゆり子さんのインスタは自身の”ファン達”以外の”動物愛好家?”からも
注目を浴びており、動物好きのファンからも”フォロー”されて数字を稼いでいたのです。

開設当初は”勝手にフォローさせて頂きました”、”フォローさせていただきます”、”癒しの
ページがまた1つ増えた喜び”、”可愛い!元気出る!”などの「好評」を得て、9万以上の
“いいね!”を稼ぎ、現在では85万人以上のフォロワーを持っています。

ところがその一方で”アカウントは1つの方が良い!”とか”元から動物ばかりだったのに何故?”
“ややっこしい”等と、”不評・不満”を持ったファン達も多くいたようです。

ただ石田ゆり子さんとしてはファンから以前「猫の写真が多くてご本人が見づらい!」的な
意見が多くあった事で、それを”尊重”する形で別垢に挑戦したようですが、賛否両論の結果と
なったようです。

なのでその後、石田ゆり子さもそれらの意見を考慮して↓↓↓

2つのアカウントを持ってみたものの、正直混乱しております。もしかしたら、やはり1つに戻すかもです…8月いっぱいお試し期間ということにしたいと思います。フォローしてくださっているみなさま、そんな気持ちでいてくださると嬉しいです

※ 引用元【インスタグラム(snowhoney3ohagi)】


続けるか?どうか?相当迷ったようで、”辞めること”もありえる!的なコメントを念のため
アナウンスしたようです。

しかし現時点「2019年10月」では、まだ”閉鎖”されていないので、今後もこのインスタは
続いて(進化)行くようです。

動物(特に猫!)ファンにとっては大変「喜ばしい」ことですね♪

私はこの動物専用インスタグラムを「石田ゆり子の猫だらけのインスタニャン!」と呼ばせて
頂いております。笑;


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◇ 石田ゆり子さんの結婚しない理由?

石田ゆり子さんがご結婚されない理由はズバリ!【動物好き】だからです。

石田ゆり子さんと言えば動物好き(特に猫)の女優として有名ですが、最近特に動物達と生活を
共にしていることで「男っ気!」が薄れたそうです。

もし”彼氏”が出来ても”動物好き”でなければ続くこともなく、さらに”猫”以外に”犬”も飼って
いるのですが、”小型犬”ならまだしも”大型犬”の「ゴールデンレトリバー」なので、それの犬も
付いて来ると考えると流石に引く男性が多いのでは・・・?

あまりにも”くだらない”理由と感がる方もいるかも知れませんが、ご本人にとっては重要な
「付帯事項?」なのかも知れませんよね!

引用元【インスタグラム(yuriyuri1003)】

さらに、石田ゆり子さんがご結婚されない理由として「父親が厳格人だから!」もあります。

もうご定年を向かえているとは思いますが石田ゆり子さんの父上は以前、総合物流を扱った会社
“日本郵船”の本社にお勤めでした。

日本郵船と言えば、国際的な”海上運送業”を中心に取扱い、更に客船事業の運営も行っている
「シビア」な会社です。

そこでエリートサラリーマンとして長く勤務していたことで、自然に自身の性格も”厳しく”
育ったのか?子供達(石田姉妹+兄)の少年期の頃には門限を”19:00″に制限して”夜遊び”を
許さない父親のようでした。

そのイメージが今でも石田ゆり子さんの心の中にあるのか?紹介する男性は”それ相当”な
人物でなければならないと思っており、たとえ”彼氏”が出来ても”紹介する勇気”を持てないで
いるのではないでしょうか?

実は以前、俳優の「石黒 賢」氏と”噂”された(正確には交際していた)ことがありましたが、
石田ゆり子さんは本気で結婚まで視野に入れて交際していたらしいのですが、石黒氏が
ギャンブル好きなことが発覚すると、父親から「猛反対」されて結婚まで至らなかったそうです。

このように石田ゆり子さんと一緒になりたいのなら、まずは父親に好かれる事とが第一条件で
次に「動物が好きである(せめて猫!)」ことも大切な要素のようです。

ただ最近では、テレビ番組や情報番組で目にする機会が増えおり、芸能活動を再開されたか?
お年に合わない”ルックス”や”スタイル”を披露して若い世代から注目を浴びて”ウハウハ”して
いるらしいので、もうしばらくは「ご結婚・ご懐妊」はなさそうですね!



■ 石田ゆり子さんのプロフィール
本名
石田 百合子
読み
いしだゆりこ
生年月日
1969年10月3日
仕事
女優・ナレーター・タレント
出身地
東京都
所属事務所
風鈴舎
血液型
A型


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