幼さの残る可愛らしい”ルックス”と、どんな役柄でも”自然体”な演技が魅力的な女優の「芳根京子」さん!

ご自身が出演される”映画(居眠り磐音)”の番宣のために、何やら!2019年5月14日に放送された日本テレビ系列のバラエティー番組「ウチのガヤがすみません!」に出演し、普段では中々”お目見え”することの出来ない「行動やトーク」を披露され、映画の告知をされた模様です。


引用元【インスタグラム(yoshinekyoko)】

この日の番組では”ゲスト出演”をされ、同映画で”主演”を務める俳優の「松坂桃李」氏と共に、多数の”お笑い芸人”たちから「おもてなし」を受けていました。

普段から、両名共に”バラエティー番組”への「出演経験」が、それほど多く無いことから、特に「芳根京子」さんは,、テレビ番組に出ることじたい!珍しいので、久しぶりに”その姿”を見られたファンたちは、相当!喜んだ模様です。


引用元【ツイッター(music.jp )】

一方の、同”映画”で共演をされた俳優の「松坂桃李」氏は、自身で”出演告知”する場合に限って!チョクチョク”テレビ出演”されていたので、然程!珍しいことでは無かったのです。

なので、その影響(効果)も手伝ってか?なお一層!”芳根京子”さんの出演に「貴重価値」が生まれ、それを喜んだ”根強いファン”たちのSNS間で「可愛過ぎる・純粋か素直さか・天使過ぎる・目がくりくり可愛い・目がヤバイ…など」の、”絶賛する声”が多数!寄せられたのです。

今回、俳優の”松坂桃李”氏と一緒にバラエティー番組に出演されたのは、今年5月17日から公開予定の映画「居眠り磐音」の”映画告知”のためであり、主演の「松坂桃李」氏に注目が集まる中!芳根京子さんと”Wヒロイン”で共演される女優「木村文乃」さんとの”コンビ”にも、注目が集まっているのです。

芳根京子さんの「久々のバラエティー出演」で”話題”を呼んでいると共に、”最新映画”にも注目が集まっている機会なので「芳根京子」さんについて紐解いて行きます。


引用元【ツイッター(ノア )】



   ◇◇◇ 記事の目次 ◇◇◇   

・ 中高大学は?
・ 難病(ギランバレー症候群)とは?
・ 北海道との関係?
・ 経歴や実績[年代順]
・ プロフィールのご紹介!



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◇ 芳根京子さんの中高大学は?


芳根京子さんは1997年2月28日生まれの23歳(2020年)で、ご出身は「東京都」です。

ご出身の”東京都”にあるご自宅で、ご両親と兄の四人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に有る学校に通うのが一般なので、芳根京子さんも(東京都)内の小学校・中学校に通っていたと”推測”できます。

最新の情報では小学校は地元の東京都にある”杉並区立沓掛小学校”にご入学されたと判明しております。

ご家族は”ご両親”と”兄”がいて、ご自身は「長女」として生まれ育ったご様子!

幼い頃から、今と同様!「可愛らしいお顔立ち」であったことから、近所でも有名な”お子さん”であったご様子!

但し!ご本人は極度の「人見知り」であったことから、他人から”挨拶”されると直ぐに!逃げ回っていたそうです。

ご両親のどちらかの”出身地”なのでしょうか?北海道に「祖母」が居るらしく、学校が休みに入ると、しょっちゅう!遊びに行っていた模様です。
追記)後に「母親」が”北海道”出身であることが判明!

この北海道に住む”祖母”は、地元で「洋裁の先生」をされていたようなので、芳根京子さんが遊びに行った際は「裁縫などで遊んでいた」のではないでしょうか?

一方の”母親”は、大の「料理好き」であったことから、その影響で!食べることも然る事乍ら!”料理作り”や”片付け”を手伝っていたそうで、幼いながらも「料理に興味を示していた」お子さんのようです。

そのため!”母親”のことを、料理の「師匠的な立場」として”尊敬”していたそうです。

地元(東京都)の小学校に進学すると、”ピアノ”教室や”新体操”のレッスンに通っていたらしく”活発的”な少女ではあったモノの、性格が「内向的な部分」があったことから、中々!”友達”が出来ずに悩んでいたそうです。

【さらに!】「引っ込み思案な性格でもあった」と、後にインタビューで語っておりますので、前向きな考え方を持てない「ネガティブ思考の持ち主」でもあった模様です。

ただ、学校では”吹奏楽部”に入部されており「叔父や叔母の影響」から、”フルート”を担当していたそうです。

友達と親しめなかった!小学時代を終えると、中学校も地元の東京都にある”杉並区立中瀬中学校”にご入学されました。

中学校になってからも”吹奏楽部”に所属し、小学校と同様に”フルート”を担当しつつ【かなり!】”のめり込んで”部活動に励んでいたようです。

その!熱の入れようは”異常”と思えるほどの「熱中ぶり」で、天気が荒れようが!風邪気味で熱があろうが!担任に叱られようが!部活動に出席するために、学校を”早退”しなかった!そうです。

・・・というのも【実は!】中学校で”吹奏楽部”に進んだのは、小学校次代に”フルート”を担当していたことを知っていた「中学生から声を掛けられた(必要とされた)」ことから、”入部”へと大きく「心が動いたから」なのです。

なので、”内向的”な性格が改善され!「前向きな性格に変わった」のは、これが”キッカケ”であった!ことは間違いなく、初めて「必要と思われたチャンス」であったからこそ!異常なほどの「熱血ぶり」を見せていたのでしょう。

そのため、「多感な時期」でもありつつも、一般の生徒のように”テレビドラマ”や”映画”などには一切!興味を示さず、吹奏楽部に熱中して(ハマって)いたそうです。

しかし、それが”原因”では無いと思いますが!ご自身中学校二年生の時に、日本の「特定疾患」に指定されている難病「ギランバレー症候群」を発症して、”手足”の自由が奪われてしまったのです。

“ギランバレー症候群”とは「神経系疾患」の一つなので、”脳”からの運動指令が全身に伝わらなくなること、自身の思いとは無関係に!”手足”が動かなくなる(力が入らない)症状なのです。

なので、本来!”無意識”の中で「生命維持を保つため」に備わっている”機能(自律神経)”を「麻痺」させることにつながり「心臓・肺・血液循環」などの、人間が生きるために大切な機能を失ってしまう恐れもあるのです。

ただ!幸いなことに、芳根京子さんの場合「体に力が入り難くなる症状」で収まった!ご様子なので、約一年間に渡る”治療のみ”で、命に別状無く回復(完治)に至ったそうです。

この”病”で有名な”芸能人”といえば、以前!同じように”ギランバレー症候群”を発症されて、”闘病生活”の挙げ句!残念ながらお亡くなりなられた元女優の「大原麗子」さんが有名ですね。

この病で、大原麗子さんのように症状が「最悪の事態にならなかった」ことは【まさに!】不幸中の幸いと言えるので、きっと!「命の大切さが身を持って」感じたことでしょう。

様々な”体験”をされた中学時代を終えると、高校も地元の東京都にある”東京都立深沢高等学校”にご入学されました。

この高校の課程は”全日制”の「男女共学校」で、”学科”は「普通科」のみです。

また、”通学期”も一般的な「三学期制」を導入されているご様子!

但し、若干!”他校”と違っている特徴として、とにかく!「校則が厳しい」ことです。

なので、都市の高等学校では珍しく「芸能は否定的」な立場を示しています。

芳根京子さんは、この学校で高校生活をスタートさせた”一年生の時”に、友達に誘われて行った”ライブ”で、以前(中学時代)から再三!断ってきた「芸能スカウト」を、また受けたらしく!今回は”妥協”されたのか?そのスカウトを承諾されたそうです。

【ところが!】上記の通り!!高校が「芸能寄りではない」ために、芸能活動が”自粛”あるいは、”制限”される恐れがあった!ことから、高校二年生の時に”他校”へ「転校」されました。

ちなみに、同じように!この高等学校に一度”進学”してから、芸能の道に進むために”転校”された女優の中には「松岡茉優」さんや「吉高由里子」さんなどがおります。

なので、もしかすると!その”先輩”の事情を知ったか?知らずか?芳根京子さんも同じような行動にでたのは、”先輩”を参考にされた可能性が否めません。

その後、同じく東京都内にある”東海大望星高等学校”の「通信制」に進学されました。

そして、芸能活動が”制限”されることもなく”自由”なスタイルで”文芸両道”を始めると、高校二年生の2013年に、フジテレビ系列で放送されたテレビドラマ「ラストシンデレラ」に出演し、自身初の「女優デビュー」を飾りました。


引用元【ツイッター(モデルプレス )】

当時は「女優デビュー」を果たしたばかりであったことから、非常に”初々しさ”が可愛らしい程度の
演技力ではあったモノの、その「斬新な新鮮さ」が、役柄であった”武内家”の娘役「武内咲」とベストマッチ!していたことから、ドラマファンや関係者から絶賛されたのです。

その後、高校三年生になると【さらに!】女優業に”磨き”が掛かり!”オーディオ”を通して参加した映画「物置のピアノ」で、自身初となる「映画デビュー」を飾りました。

【さらに!】NHKでお馴染み”連続テレビ小説”のドラマ「花子とアン」や、その他の”人気ドラマ”に出演を果たし、女優としての「演技力や表現力の向上」につなげて行きます。

ちなみに、このように多数のオーディオを勝ち取り!人気ドラマへの出演を手にしていたことから、女優界では「オーディオ・キラ~」と呼ばれておりました(笑;)。


引用元【ツイッター(Piyo )】

その後、”通信制”の高校時代を終えると、大学には「進学せず」に芸能界の仕事を”本格化”させて行きます。


引用元【ツイッター(芳根京子 )】

芸能活動に”本格的”に取り組み始めた2016年には、以前!「朝ドラデビュー」を飾ったNHKの”連続テレビ小説”への再出演を果たし、話題を呼んだドラマ「べっぴんさん」で自身初の「ヒロイン役」に抜擢されました。


引用元【ツイッター(朝ドラユニバース@朝ドラ小ネタ探求者 )】

その後も、たくさんのテレビドラマや映画で活躍を見せ始めていた矢先の2018年に、1月からフジテレビ系例で放送がスタートしたテレビドラマ「海月姫」に出演され、”倉下月海役”に起用されましたが、窓から逃げるシーンの際に!着用していた”衣服”が「ラフ過ぎた」ことや【さらに!】下着(ブラジャー)を着用していなかったことで、前屈みになった瞬間!誤って自身の”胸元”がオープンに開き過ぎたことから、”褐色”の乳○らしき”乳頭”がポロリと見えた!として、世間をザワつかせてしまったのです。

なぜ!そのシーンを、そのまま放送したのか?疑問を受けながらも、放送前の「事前チェック」は行われていた!はずなので、それは”狙では!”等と「良からぬ噂」を招いてしまい、世間から「売名行為」などの声も伝えられるようになったのです。

なので!その頃から、しばらくの間は”芳根京子”さんの姿が見えなくなり、世間から「忘れた存在」となっていた!だけに、今回の”バラエティー出演”が【いかに!】「貴重であるのか」を物語っているのです。

“メディア”で見かけるようになると、その後は”順調”に「女優業に専念されている」ご様子で、たくさんの話題作ドラマや人気映画などに出演されて、ご活躍されている模様です。


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◇ 芳根京子さん難病(ギランバレー症候群)とは?


【実は!】芳根京子さんの学生時代(中学校二年生)に起こった災難の!「ギランバレー症候群」を発症していた事実が伝えられるようになったのは、ご自身の公式SNS(ブログ)で”ファン”からの質問に答えたことで明らかとなったのです。

この日の”ブログ投稿”では、お題を「Q&A(2)」と示し”質問記事”であることを明らかにしつつ!俳優の「高杉真宙」氏との”ツーショット”で、冒頭を飾っておりました。

続けて、”ファン”からの質問に答えていた中で↓↓↓

Q.僕は大きな病気になりました。 免疫力を上げる為、笑顔が必要です。 いつもニコニコな京子ちゃん。 笑顔の秘訣を教えてください(^^)


芳根京子さんの回答として↓↓↓

A.1度Quick Japanさんの取材の時だけにお話した事があるのですが、私も中学の頃に難病になった事があります。実際そうなるとね、なかなか笑顔になるのなんて難しかったりするんですけどね、とにかく毎日楽しい事探してたなー。気持ちに負けないように。その時思ったのは周りの人とお喋りしたり、コミュニケーションをとることが1番笑顔になれるんじゃないのかなぁ!あとは携帯でお笑い見たりしてますよー笑。1人じゃないですからね。きっと大丈夫です。もう頑張ってると思うので頑張ってくださいって言葉は言いません。無理せず、自分のペースでいてくださいね。


コメントの中で「私も中学の頃に難病になった事があります」とのことですが、この難病が”ギランバレー症候群”を示していたのです。

【しかも!】ご自身が出演された”テレビドラマ”の中で、2016年10月からスタートしたNHKの冠番組”連続テレビ小説”で放送されたドラマ「べっぴんさん」の”記者会見”で、自身が中学校二年生の時に「ギランバレー症候群」を発症したことを語ったのです。


引用元【ツイッター(ORICON NEWS(オリコンニュース) )】

現在は「完治」されたことを明らかにされたのですが、ご自身の「初ヒロインデビュー作」であったことから、周りからの「注目度が高かった記者会見」での”爆弾発言”であったことから、【まさか!】の”告白”に戸惑う(唖然とする)記者が、たくさん見受けられました。

そこから、ネット界でも芳根京子さんが経験された”難病(ギランバレー症候群)”の話題で持ち切となり、たくさんのご自身のファンやドラマファン!あるいは、芸能報道関係者から注目される話題(ネタ)となったのです。

ちなみに「ギランバレー症候群」とは、いわゆる!”国”が定めた「特定疾患」の一つであり、脳から伝えられる”運動神経”に「支障が及ぶ」ことで、全身にの筋肉に力が入り難くなることで、腕や脚の運動に支障を来たす病のことです。

“軽度”の症状ならば「命の危険」に晒されることはありませんが、問題は!”重度”の患者に発症する可能性が高い「呼吸困難・血液循環の悪化・食事が口にできない」などの症状が現われうと「生命の危険」に直面する場合もあるのです。

今のところ!その「原因は明らかにされていない」ために”対処方法”が特定されておらず、限られた治療の中で症状を抑えて行く方法が取られているそうです。

なので、”国”が定める「特定疾患」に指定されるのは、それらの理由による「不治の病」であるからなのです。


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◇ 芳根京子さん北海道との関係?


芳根京子さんの”ご出身地”は、紛れもない!江戸っ子の”東京都”です。

【しかも!】学生時代も「小学~高校に至るまで」全て!東京の学校にご入卒されております。

なのに、なぜか?「北海道」との”結び付き”が伝えられているようで、その”理由”が非常に!気になるところです。


引用元【ツイッター(安全お兄さん )】

【実は!】そこには”父親”の「仕事との絡み合い」が深く関係しているそうで、芳根京子さんの”意思”による北海道とのつながり!では無くて、父親の「仕事のトラブルによるモノ」であったのです。

この父親は”広告代理店”の「クリエイター」として、東京の制作会社を運営されておりましたが、2006年に勃発した「ホリエモン事件」に巻き込まれたらしく、会社が”傾き始めた”ことから一時!「北海道に移住」して、仕事の”再起”をはかっていたそうです。


引用元【ツイッター(多根清史 )】

では!なぜ「北海道」なのか?と疑問に感じますが・・・

【実は!】芳根京子さんの”母親”、つまり!父親の妻が「北海道のご出身」であったことから、その”伝手”を頼って「熱りが冷めるまで」、北海道に移住された経路があったのです。

その時の芳根京子さんは、まだ”九歳”でしたので、”意味”も分からずに大自然の多い”北海道生活”に「満喫されていた」ことでしょう?

その後、東京に”帰郷”された時期は明らかにされておりませんが、芳根京子さんの”学生時代”は「東京」で過ごされておりますので、早い段階で帰郷されたと想像されます。

但し!その後も、芳根京子さんが通っていた学校が休みに入ると、お祖母ちゃん(母の母親)に会いに北海道まで、遊びに行っていたそうです。

その様子(シーン)は、ご自身のSNS(ブログやツイッター)で紹介されております。

ちなみに!その”ご縁”を知ってか?知らずか?以前に北海道テレビ局の「開局記念ドラマ」として制作された作品に出演された経験があるらしく「公私」共に北海道には、お世話になっているご様子ですね。


引用元【ツイッター(シネマン(映画好き) )】


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◇ 芳根京子さんの経歴や実績[年代順]


◇ テレビドラマ

・ 2013年に、フジテレビ系列で放送された番組”ラスト?シンデレラ”に出演され「テレビドラマデビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(芳根京子 )】

◇ CM

・ 2013年に、”GReeeeN”が手がけた企業CM”UNIVERSAL MUSIC GReeeeN”に出演され「CMデビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(芳根京子 )】

◇ PV

・ 2013年に、”GReeeeN”が手がけた作品”イカロス”がリリースされ「PVデビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(??Nene )】

◇ 映画

・ 2014年に、”アルファテックス”によって公開された映画”物置のピアノ”に出演され「映画デビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(いいざかサポーターズクラブ )】

◇ 舞台

・ 2015年に、”Zeppブルーシアター六本木”によって公開された舞台”幕が上がる”に出演され「舞台デビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(しばりん )】

◇ ラジオ

・ 2018年に、”文化放送”局が放送した番組”芳根京子のみみにリコピン♪”に出演され「ラジオデビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(Little Glee Monster )】

◇ 吹き替え

・ 2018年に、”東宝”が制作した作品”ボス・ベイビー”に出演され「吹き替えデビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(ライブドアニュース )】

◇ アニメ映画

・ 2019年に、ギャガ系列で放送された番組”ぼくらの七日間戦争”に出演され「アニメ映画デビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(コミックナタリー )】


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◇ 芳根京子さんのプロフィール


本名
芳根 京子
読み
よしね きょうこ
生年月日
1997年2月28日
仕事
女優
出身地
東京都
所属事務所
ジャパン・ミュージックエンターテインメント
血液型