2015年に沢山の宝塚ファンから惜しまれながらも退団した元星組トップスターの
「柚希礼音」さんが最近、テレビのバラエティー番組がCMでご活躍になられ話題となって
おりますが、宝塚歌劇団引退後「運動不足」もあってか若干「太ったのでは?」などと
噂れるようになっているそうです。

そこで柚希礼音さんの「現在と昔」を見ていました。

 

引用元【インスタグラム(reonyuzuki_official)】

 

柚希礼音さん1979年生まれの40歳(2019年)で大阪府「大阪市」出身です。

小学生時代から既に「背」が高く、親友の影響もあって早い段階から「バレエ教室」に通い
後に宝塚歌劇団での活躍の「布石」を築いていたようです。

小学生当時から」長身」でバレエに適した体系と更に親から貰ったルックス、さらに地元に
「宝塚劇場」があったことから、当時バレエ教師で担当していた講師から「宝塚」への入団を
薦められたそうですが、ご本人がその気が無く「親友との仲」を維持しながらレッスンに
励んでいたそうです。

親友との「仲」を維持するため、小学~中学校まではバレエ教室に通い続けていたのですが
あまりにも周り女性達との「身長差」が出始め、また「思春期」真っ只中であったことで
それを意識するようになり、逃げるための「海外留学」を考えるようになっていたそうです。

しかしバレエの才能と見合ったスタイル、さらに地元が「大阪府大阪市」であったことから
両親は「宝塚」への入団を希望し、更に元から宝塚入団を薦めていたバレエ教室の講師からの
熱烈な推しもあって宝塚歌劇団への入団を考え始めていたそうです。

考え始めてはいたものの、なかなか踏ん切りがつかずしばらく放置していたところ、その年の
宝塚音楽学校「受験出願締切日」が近づいていた事に気づき、早急に「願書」を取り寄せて
みたところ受験学科の中に宝塚音楽学校受験「声楽コース」があることを知り、元々「歌唱」に
興味があったことも幸いし「宝塚音楽学校」への入学に踏み切りました。

それが1997年の事で、当時「歌劇団」花組のトップスターであった「真矢みき」さんが
演じていた舞台「失われた楽園/サザンクロス・レビュー」が宝塚に入学して初めての
「舞台観劇」であったそうです。

その観劇を通し後に自身が宝塚でトップスターになる「布石」となったことは間違いありません。

その後音楽学校で厳しい練習の毎日を過ごしていたそうですが、時には「挫ける」こともあり
逃げ出したい気持ちに駆られることも度々あった様で、それだけ厳しいレッスンであったことを
後に語っていたそうです。

しかし元から「負けん気」が強かったこともあってレッスンから逃げ出すこともなく、最後まで
やり続け2年後の1999年に兼ねてから身内やバレエ教室の講師の願いであった「宝塚
歌劇団」への入団を見事果たしました。

その際の入団試験では40人中「2番目」の好成績で合格したらしく、いかに音楽レッスンで
「挫けづに&負けづに&真面目」にレッスンを重ねてきたことが「身を結んだ」結果だった事が
示された瞬間であったのでしょう。

入団後は「雪組」に所属し「ノバ・ボサ・ノバ」で初舞台を飾りました。

同期には「映美くらら」さんや「彩那音」さんや「美羽あさひ」さん等がいたそうです。

「舞台女優」としての才能は直ぐに開花され、舞台「ノバ・ボサ・ノバ」の中でも当時から
「出世役」として認められていた「ドアボーイ」役に抜擢され、85期生で入団した劇団員の
中でも一際目立つ存在へと成長して行きます。

同年10月には高校時代の先輩であった「涼紫央」さんの薦めもあってか?雪組から「星組」へ
移動したそうです。

翌年の記念すべき新世紀「2000年」にドイツのベルリンで行われた公演に下級生ながら
選抜メンバーに抜擢され、更に翌年に行われた宝塚歌劇団の「劇」中でも代表作とされている
「ベルサイユのばら」の新人公演で「アンドレ」役に抜擢され関係者以外の宝塚ファンからも
注目される存在へと成長して行きます。

その後も様々「舞台」で活躍し、宝塚ファン層も拡大し自身の「転機」となる2007年を
迎えます。

当時「星組」のトップスターであった「湖月わたる」さんの退団によって新たに就任した
「安蘭けい」さんがトップスターを務め、そのセカンドトップスターとして柚希礼音さんが
「昇格」を果たしました。

セカンドトップスターとして舞台を全うする中、入団11年目の2009年に自身初となる
星組の「トップスター」に昇格し、宝塚歌劇団員としての「大きな責任」と星組代表としての
「キャプテン」の大役を任される事となりました。

その後も星組のトップスターとして舞台で活躍する一方で、2011年には自身初となる
ソロシングルCD「夜空に眠るまで」をリリースしております。

 

 

また翌年の2012年に開催された劇作家「菊田一夫」氏を偲んで行われている記念イベント
「第37回菊田一夫演劇賞」で見事「演劇賞」を受賞されました。

また2014年に宝塚歌劇「100周年」を迎えた記念すべき年の「幕開け舞台」であった
「眠らない男 ナポレオン ~愛と栄光の涯に~」の題材でもあり主人公の「ナポレオン」役に
抜擢され、その頃から宝塚歌劇団の「顔」としてファン並びに関係者から認められる存在へと
成長しておりました。

そして翌年の2015年に惜しまれながらも東京宝塚劇場で行われた舞台「黒豹の如く/Dear
DIAMOND!!」を最後に宝塚歌劇団から脱退されました。

その舞台模様は海外でも宝塚ファンが多いとされている「台湾」の映画館で生中継され、大いに
「盛況」したそうです。

宝塚から退団後は芸能プロダクション大手の「アミューズ」に所属し、舞台やコンサート・CM
更に最近ではテレビのバラエティー番組へも出演し「マルチな活動」で今に至っております。

 

引用元【インスタグラム(reonyuzuki_official)】

 

スポンサードリンク

 

◇ 柚希礼音さんの本名や退団理由とは?

 

柚希礼音さんの本名は「金山千恵(かなやま ちえ)」さんと呼ばれているそうです。

若い頃から「ちぇちゃん」とか「ちえ」等と呼ばれていたらしく、それを知ったファン達の
間でも同じような「愛称」で呼ばれているようです。

普通芸名の「礼音」に謎ってニックネームが付けられるのが一般だと思われますが、若い頃から
親しまれていた「千恵」を今でも愛称にされているらしいです。

いかにファン達から「愛される存在」であったか!が分かりますよね♪

ちなみに一期上の先輩で現在「アーティスト」としてご活躍中の「北翔海莉」さんからは唯一
「カネごん」と呼ばれていたらしく、更に同組のトップスターとして活躍している
「紅 ゆずる」さんからは「ニャンニャン」と呼ばれているそうで、星組時代にいかに周りから
親しまれていた「キャプテン」であったことが分かりますよね♪

もしかしたら他の組員からも変わった愛称で呼ばれていたのかも・・・?

 

引用元【インスタグラム(reonyuzuki_official)】

 

宝塚歌劇団からは2015年に退団されておられますが、その正確な「理由」は分かりませんが
今まで退団されて現在、芸能界でご活躍の元タカラジェンヌの皆さんに共通して言えることは
「他の業種に挑戦したい!」が多いようです。

元々宝塚という「厳しい環境」で育てられたトップスターの皆さんなのですから「負けん気」は
誰よりもあり「向上心や積極性」も強く、まさに芸能界で生きて行く「心得」を既に兼ね備えて
いることから「その道」でご活躍されるのは当たり前の話なのかも?ですよね!

もちろん柚希礼音さんも同じような気持ちで宝塚を退団なされたと必ずしも思えませんが、
その組で歴代のトップを張っていた先輩達の背中を見てきた柚希さんも現役が長くなるにつれ
「引き際」を考えるようになっていたらしく、宝塚歌劇団が100周年を迎え記念公演となった
「眠らない男・ナポレオン~愛と栄光の涯に~」で題材で主演の「ナポレオン」を演じた頃から
後輩達が活躍する姿を見た時にその思い(引退)が一段と大きくなっていたそうです。

なので現役から退くことを決めた頃から新たなステージを目指しだし芸能界で活躍している
先輩達を見習って自身も同じ道を選んだと思います。

ちなみに、柚希礼音さんが宝塚歌劇団を退団する際に、同じく「娘役」で共演し星組を引張って
頑張っていた「夢咲ねね」さんも同時に退団なされています。

両名の「息の合ったダンス」は当時から超有名で、私も生で見たことがありますが、あまりの
「魅力」に惚れ惚れさせられたものです。

今になってその「ダンスシーン」が見れなくなった事が本当に残念に思えて仕方ありません!

 

スポンサードリンク

 

◇ 柚希礼音さんとスケート?

 

柚希礼音さんは神奈川県「横浜アリーナ」で2019年7月26日~28日まで開催されていた
氷上の舞台「氷艶hyoen2019 ~月光かりの如く~」に参加しました。

なので柚希礼音さんと「スケート」のリンクはこの舞台へ出演したことによるものです。

 

引用元【インスタグラム(reonyuzuki_official)】

 

この舞台の演出を担当したのが「宮本亜門」氏で主演を務めたのがスケーターの「髙橋大輔」氏
キャストにはスケーターの「荒川静香」さん俳優の「福士誠治」氏そして我らの柚希礼音さんが
出演されておりました。

実は2017年に開催された「氷艶hyoen2017 ~破沙羅~」が「好評」を収めたことで、その
第二弾として制作されたのがこの舞台でした。

もちろん「リンク上での演技」となるため「スケート」ができることが前提のキャスティングが
なされたと思いますが実は柚希礼音さん!中学生時代にスケート経験があったらしくそれ以来の
スケーティングを楽しんだそうですが、あまりにも腕?足?が落ちていたらしく滑れないことを
逆に驚いたそうです。

また共演していた俳優の「福士誠治」氏も「転ぶ怖さや痛さ」を知っていたそうで、どのように
その「怖さ」を克服するか?と真剣に悩んでいたそうです。

しかしそれを「あざ笑う」かのようにプロスケーターの「髙橋大輔」氏や「荒川静香」さんらが
「スィ~スィ~」リンクを駆け巡っていたそうで、その姿を見ていた二人は相当「嫉妬」して
いたこと間違いないでしょうね!?

この舞台の魅力だったのが「作品内容・演技」はもちろんなのですが、他に出演したメンバーが
世界的にも超有名のスケーター「ステファン・ラビエル」氏、銀板の女王「鈴木 明子」さん、
更にトップ俳優「西岡 德馬」氏、歌手で歌姫の「平原 綾香」さんといった素晴らしい出演者で
舞台を盛り上げていました。

当時発売されたチケットは即「SOLD OUT」になったそうです。

 

引用元【インスタグラム(reonyuzuki_official)】

 

 

■ 柚希礼音プロフィール

本名
金山 千恵
読み
かなやま ちえ
生年月日
1979年6月11日
仕事
タレント・女優
出身地
大阪府大阪市福島区
所属事務所
アミューズ
血液型
B型

 

 

スポンサードリンク