“吉本興業”に所属する、お笑いトリオ「ジャングルポケット」のメンバーで、おもにボケ担当の
「斉藤慎二」氏に、第一子となる子供が授かったことが明らかとなりました。

えっ!今頃・・・と、思う方が多いと思いますが、2017年12月に結婚した、タレントの
「瀬戸サオリ(本名:斉藤 沙織)」さんと、約2年をかけての「子作り!」に成功した模様です。

ご一報は、ご本人たちのSNSで発表されました↓↓↓


引用元【ツイッター(ジャングルポケット斉藤)】


引用元【ツイッター(瀬戸サオリ)】

二人の出会いは福島県福島市にあります日本中央競馬会が主催する地方競馬場の一会場
「福島競馬場」で知り合ったことがきっかけで、2015年頃から「競馬アイドル」として
活躍していた「瀬戸サオリ」さんが同競馬場で行われた「予想イベント」に出演し、ジャンポケ
斉藤氏は普通に「競馬番組」収録のため同競馬場に訪れておりました。

そこで共通の関係者を通じて出会うことができ、両名共に「競馬関係」の仕事を行っていた事は
以前から知っていたらしく何の抵抗もなく「記念写真」や「楽しい話」をして盛り上がり、
そこから連絡を取り合う仲になったそうです。

その後2017年5月にフジテレビ系列で放送されているトークバラエティ番組「ダウンタウン
なう」に両名が出演し、斉藤慎二氏から「瀬戸サオリ」さんに公開プロポーズを行い、その時は
何の返事もなく終了。

しかし周りの関係者には「結婚するつもり!」と語っていたらしく、その根拠としては両名の
親族には既に「挨拶済み」だった事からのようです。

付き合い当初からジャンポケ斉藤は「浮気」を頻繁に行っていたそうで、それが原因で
瀬戸サオリさんとしてもなかなか結婚までに踏み切れず悩んではいたものの「優しい人」である
ことは間違いなく「以後、浮気をしない条件」で2017年12月に交際期間ちょうど3年目の
節目の時に「結婚」をされたそうです。

その後は特に何の音沙汰も無く普通の生活を送っていたと思うのですが、ようやく二人の間に
「子供」が授かったそうで2019年8月に話題となっておりました。

以前、ジャンポケの斉藤氏が語っていたのですが「子供は元々大好き」で、しかも奥様の
「サオリ」さんは昔、保育士の免許を取得していたらしく両名共に「子供好き」なので
早く子供が欲しいと話しておりました。

なのでこの度、子供が授かったことは両名の「親族」以上に当事者の二人は喜んでいると
想像がつきますね!

しばらくは公私共に、”幸せムード”が続くであろう?ジャンポケ斉藤氏にスポットイン!



   ◇◇◇ 記事の目次 ◇◇◇   

・ 中高大学は?
・ 妻(嫁)は瀬戸サオリ!
・ 野球甲子園出場!
・ プロフィールのご紹介!



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◇ 斉藤慎二氏の中高大学今は?

斉藤慎二氏は1982年10月26日生まれの37歳(2020年)で、ご出身は「千葉県八千代市」です。

ご出身の”千葉県八千代市”にあるご自宅で、ご両親と兄と弟の五人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に
有る学校に通うのが一般なので、斉藤慎二氏も(千葉県八千代市)内の小学校・中学校に
通っていたと”推測”できます。

但し、幼少期~高校時代迄の情報が乏しい(ほぼ皆無!)なので詳しい事が分かっておりません。

ご家族は”ご両親”と”兄と弟”がいて、ご自身は「次男」として生まれ育ったご様子!

“父親”は大手通信会社に務めて、”母親”は小学校で教師をされていたご様子!

あまり”裕福”な家庭ではなかったらしく、自宅がある”団地”では、五人家族でありながら、
「六畳二間」の生活を送っていたそうです。

そのためか、幼少期から「喘息持ち」で、しょうちゅう病院で治療を受けていたとか?

その割に!生まれた時の体重が約4,000gもあり、とても「病気持ち!」の子供には見えない
ほどの「大きめの子供」であったらしいです。

父親は大の”ギャンブル好き”で、家計が苦しいことを顧みず、”給料”をギャンブルに注ぎ込んで
いたのだとか・・・?

小学校時代になると、持病の「喘息」が落ち着いたのか?”少年野球チーム”に入り、小学生
球児として活動をしていたご様子!

スポーツを行い!体もそれなりに大きかった!割には、”性格”が「根暗」であったことから
“イジメ”を受け、さらに”友達”や”親友”が居なかった!とのこと。

“野球デビュー”を飾った小学時代を終えると、中学校も地元の千葉県八千代市にある”八千代
市立八千代中学校”にご入学されました。

・・・なので小学校も、八千代市内にある「大和田、大和田南、南高津」小学校に通っいた
可能性が極めて高いです。

中学校時代になると、学校に設けられている”野球部”に入部されます。

“部活動”に入っていた割には中学同様「イジメ」を受けていたらしく、しかも周りの生徒も
大きくなったことから”内容”もエスカレートし「陰湿なイジメ!」へと発展したそうです。

時には「クラス全体からイジメを受けていた!」とのこと。

一番”最悪”であったのが、”担任”の先生が「見て見ぬ振りをしたこと!」らしく、相談しても
「あなたにも原因があるでしょう!」等と【まさに!】「他人行儀」な対応をしたようです。

ただ、そんな時は近所にあった「市民の森」に行き、鳥たちの囀り(さえずり)を聞いて、心を
癒やしていただのだとか!

今思うと、そんな素敵な”場所”がある、自然豊かな千葉県が大好き!とのことです。

現在の、時には「破天荒ぶり」を見せる”元気”なキャラからは想像も付かない「痛い過去」が
あったんですね!

それでも”学業”の方では相当の「優秀な生徒」であったらしく、通知表はほぼオール5(MAX)を
取っていたそうです。

また、当時流行っていた”映画”に出演していた俳優の「藤原竜也」氏を見て、自身も俳優に
“憧れ”を感じていたそうです。

“イジメ”を沢山受けた中学時代を終えると、高校も地元の千葉県八千代市にある”八千代松陰
中学校・高等学校”にご入学されました。

この学校は、その名の通り「中・高一貫校」であるため、通常は”中学受験”でご入学し、
併設する高校へは”内部基準審査”を歴て「エスカレーター式」で進学(進級)することができます。

この高校の課程は”全日制”の「男女共学校」で、”学科”は「普通科」のみです。

但し、特進クラスの「IGSコース」と呼ばれている”進学専用”のコースもあるようです。

また、”通学期”も一般的な「三学期制」を導入されているご様子!

斉藤慎二氏は中学時代に、”イジメ”に合いながらも「成績は優秀!」であったことから、一般
入試ではなく「推薦入学」でご入学されております。

なので、併設中学校からの「エスカレーター式」による進学(進級)ではありません。

また”部活動”も盛んな高等学校らしく、特に”硬式野球部”は県内でも有数の強豪校として有名で、
たくさんの”プロスポーツ選手”を排出している高等学校です。

斉藤慎二氏は高校時代も、中学同様に”野球部”に入部しております。

自身一年生の時に、同じ野球部で活躍していた”元北海道日本ハムファイターズ”所属の「多田野
数人」氏が居たことで、第80回全国高等学校野球選手権大会へ出場する機会に恵まれ、甲子園に
出場したそうです。

しかし、現在”日本テレビ”のテレビ番組で、主に「スポーツ担当」を行っている「上重聡」氏も
同じ年代に甲子園出場を果たしており、進学していた「PL学園」と、斉藤氏の高校が”初戦”を
行ったものの、敢え無く「敗戦!」となり、一回戦で姿を消したそうです。

もちろん斉藤氏は”レギュラー”には選ばれず「ベンチ入り」もしてません。

ポジションは「ピッチャー」を担当しておりましたが、レギュラーには選ばれず、主に「控えの
投手」として三年間、活動されていたご様子!

その後、三年生になると”野球部”を引退して「大学進学」のため、一生懸命”勉強”に励んでいた
模様です。

一方の学校内では、中学時代の”同級生”が少なかった(居なかった)関係からか?中学時代とは
“ガラッ!”と変わりクラスの”人気者”で【さらに!】昼休みになると体育館のステージの上で、
アイドルグループ「嵐」のダンス・パフォーマンスを真似して踊り、学校内でも相当”人気”が
高かったそうです。

また、その延長線なのか?野球部の先輩たちが”ご卒業”を迎えた際に行われた「送別会」で、
得意の「嵐」の楽曲に合わせて歌唱&ダンスを披露したところ全員から”好評”で、その時に得た
“高揚感”が忘れられず、後に”芸能界”を目指すようになった!とのことです。

自宅の方では、相変わらず”貧しい生活”が余儀なくされていたようで、部活後か?あるいは
引退後か?分かりませんが、”冷凍食品”を仕分ける”アルバイト”を行っていたそうです。



引用元【サイト(NAVERまとめ)】

かなり”エンジョイ”した高校時代を終えると、大学に「進学して」東京都調布市にある”桐朋
学園芸術短期大学”の「演劇専攻学科」にご入学されました。

“演劇専攻学科”を選んだのは、高校時代から”俳優”に興味があり、”芸能界”を志していた事から
この学科を専攻されたご様子!

さらに日本の劇団として超有名な「文学座」にも入門していたらしく、第43期生として
「演劇研究所」をご卒業されております。

しかし、文学座時代に「研修科生昇格」のチャンスがあったのですが、見事!「不合格」となり
そのまま吉本興業が開催している「新人タレントの育成を目的!」にした学院「NSC」へと
入学されます。

NSC時代には、同期であったタレントの「渡辺直美」さんとコンビを組んだ経験があるそうで
「渡辺直美と斉藤さん」との”コンビ名”で活動していたそうです。

その後、NSC内では持ち前の実力を発揮して”少々”人気を得ておりましが、2006年に
NSCのご卒業を迎えた頃、当時コンビを解散したばかりの「おたけ」氏と、愛知県から
上京していた「太田博久」氏とで、”新コンビ結成”の話をしている最中、突如「斉藤」氏も
加えて欲しい旨のお願いをして、”コンビ”ではなく「トリオ」で活動することを提案しつつ、
そのまま自ら「メンバー入り」を希望したそうです。

当初は、”斉藤”氏のメンバー入りには、”反対の姿勢”を取っていた「太田博久」氏でしたが、
斉藤氏の「大声」が気に入り!メンバー入りを了承したそうです。

その後「競馬好き」だった斎藤氏の提案で、自らお気に入りの競走馬「ジャングルポケット」の
名にあやかり「コンビ名」にそのまま採用し今のジャングルポケットの由来とされています。




NSCご卒業後はお笑いトリオ「ジャングルポケット」として本格的に活動を始めましたが
今いちウケが悪く人気がでず低迷期を送っていたこともあって徐々にトリオとしての活動が
少なくなり、斉藤氏個人での活動が盛んになって行きます。

斉藤氏個人での活動が盛んになるとテレビドラマや映画からのオファーが増え始め。さらに
自身の得意とするバラエティー番組や舞台への出演数も増えて行きました。

また元から「競馬好き」であったことが功を称し「競馬関係」の仕事も舞い込むようになると、
2013年4月からテレビ東京系列で放送されている競馬番組「ウイニング競馬」での
「メインMC」の座を手に入れました。

その「競馬好き」によって現在の奥さんと出会い・結婚し・子供が授かり、今に至っております。


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◇ 斉藤慎二氏の妻(嫁)は瀬戸サオリ!

ジャンポケ斉藤はお笑い芸人として活躍する一方で「生粋の競馬好き」として有名でした。

当時はまだ、そのことが公の場で知られていなかったので「ジャンポケ斉藤=競馬」の方程式が
存在しておらなかったのですが、ピンで活動するようになってからはその才能?が開花しました。

「ピン」での活動が増える中で、出演する番組内で時折り「競馬の話」をするようになり、
それに気づいた競馬関係者からでしょうか?競馬番組への出演オファーがあったそうで、
それがテレビ東京系列で放送されている「中央競馬」の様子をLIVEしている毎週土曜の競馬番組
「ウイニング競馬」で2013年4月の放送分より番組メインMCに抜擢されました。


引用元【ツイッター(せっかちくん)】

一方で当時「安藤徠愛羽」の芸名で撮影会モデルとして活動していた「瀬戸サオリ」さんですが
モデル期間がどのくらいなのか?は定かではありませんが、スポーツ関連の仕事が多く
2011~2013年度にかけては、スポーツの魅力や活動内容を広く伝える事を目的とした
「在京スポーツ新聞各社」が共同で立ち上げた女性6人ユニット「スクープ!?」の二期生
メンバーに抜擢され「タレント」としての活動がスタートして行きました。

その後ユニットの人気も上がる中2012年8月に「スクープ!?二期生」では初となる
CDデビューを果たしました。

楽曲は「この日のために」で、レーベルは「DME」が担当し、電通ミュージック・アンド・
エンタテインメントからリリースされてました。

その後ユニットで活動しながらも、自身の趣味であった「競馬」を表に出すようになり、
2015年には競馬ファンなら誰もが注目している日刊スポーツの競馬コラムに「瀬戸サオリの
南関突破」との題名で連載を行い始めました。

それを機に自身のファンや競馬ファン達から「競馬アイドル」と呼ばれるようになり公私共に
認められた「競馬アイドル」として競馬関連の仕事で活動を盛んに行うようになっておりました。

その「競馬好き」が功を称し現在の旦那でもあるジャンポケの斉藤氏と出会うことができ、
更に交際に発展し結婚にまで至りました。


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◇ 斉藤慎二氏は野球で甲子園出場経験あり!

斉藤慎二氏は幼い時から「野球好き」で高校卒業まで野球一筋で学生生活を送っていました。

その甲斐あって高校時代に同じ野球部に所属していた当時三年生でエースだった多田野数人氏と
出会うことができ、高校一年生ながら甲子園への出場を果たしました。

しかし千葉県「八千代市」代表として第80回全国高等学校野球選手権大会には出場したものの
一回戦で強豪校「PL学園」と当たりあえなく敗れてしまって斉藤慎二氏の出番が無いまま
「甲子園」を後にしたそうです。

「多田野数人」氏は後に日本プロ野球球団の「日本ハムファイターズ」に入団し「実力派
投手」として活躍しました。

「甲子園」と言えば全国の高校生球児の「憧れの場」であり芸能人から見ると「かけ離れた
分野」のようにも思えるのですが、意外に元高校球児として活躍していた人が結構おり、
その中の一人にジャンポケ斉藤氏も加わっています。

なので最近ではテレビ出演する度に自身が元高校球児であることをアピールし、更に甲子園
出場経験があるとして大々的に発表し当時のエピソードを交えたトークで世間の注目を
集めているようです。

ただいつまで続く「ネタ」なのでしょうか・・・?


引用元【ツイッター(ジャングルポケット斉藤)】


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◇ 斉藤慎二氏のプロフィール

本名
斉藤慎二
読み
さいとう しんじ
生年月日
1982年10月26日
仕事
お笑い芸人・タレント・司会
出身地
千葉県八千代市
所属事務所
よしもとクリエイティブ・エージェンシー
血液型
O型