“恋愛禁止”アイドルグループAKB48の元メンバーで「モッちぃ」の愛称で親しまれていた
「倉持明日香」さんに【ついに!】”熱愛”報道が伝えられました。

お相手は【なんと!】2019年10月に世界を巻き込んで話題を呼んだ”ラグビー”日本代表の
「稲垣啓太」選手とのこと!



引用元【インスタグラム(ayanashuize2018)】

全大会”ラグビー・ワールドカップ・イングランド2015”で「南アフリカ」から大金星を勝ち取り
日本国内では”興奮”冷めない「ラグビーブーム」の中、行われた”ワールドカップ日本戦”!

その”桜勇者”の主力メンバーとして活躍した”笑わない男”「稲垣啓太」選手と【なんと!】
“恋に落ちていた”のが元AKB48の”チームB”でご活躍された「倉持明日香」さんとのことです。

メディア報道によれば「馴れ初め」は以下と伝えております↓↓↓

 複数の関係者によると、スポーツキャスターとして活動する倉持が数年前にラグビーを取材し、共通の知人選手から紹介されて稲垣と出会った。プロ野球やプロレスなどスポーツに詳しい倉持は、知り合う以前から稲垣のファンだったという。当初は友人として複数の仲間と食事を楽しむ仲だったが、稲垣の優しい人柄やラグビーに対するひたむきな姿にひかれ、今年の夏前からさわやか交際に発展した。

※ 引用元【サイト(サンスポ)】


報道によれば、倉持明日香さんの方から稲垣啓太選手に”アプローチ”をかけたと伝えております。

確かに稲垣啓太選手と言えば”笑わない男”として有名で”奥手”なイメージがある分、自身から
元アイドルに声をかけたとは思えませんよね!

なので、ある意味”相手”からアプローチされたことは最大限の”チャンス”であったのかも?ですね!

稲垣啓太選手は今回の大会で、自身初の代表戦での「初トライ」を飾りチームの勝利に大きく
貢献したのですが、その”原動力”になったのは「彼女」の存在が大きかったはずです!

さらに【なんと!】その記念すべき試合(スコットランド戦)で、関係者しか”入席”できない
特別に設けられていた「関係者席」に倉持明日香さんを”招待”していたらしいのです。

そこで”プロップ”のポジションでは、ほとんどあり得ない”奇跡”の「トライ」を決めたのですから
【まさに!】彼女への「運命的なトライ」を披露したとしか思えません。

一方の倉持明日香さんはAKB時代から”優しい先輩”として後輩達から親しまれていた信頼ある
“主力”メンバーでした。

しかしその反面!”負け嫌い”の頑張り屋さん!で、しかも父親が”元プロ野球”選手でもあり、
幼い頃から”スポーツ”に触れる機会が多かったことから”運動好きな”「勝負師?」の一面も
兼ね備えたアイドルでした。

2014年度からはAKB48内のグループ”チームB”で「キャプテン」に抜擢され、その当時
AKBの”ライバル”として結成されていた乃木坂46の「生駒里奈」さんが”組閣”でAKBの
チームB入りするとして”否応なし”に注目が集まっていたグループを見事に束ね、”期待”を
裏切らない活躍を見せてチームBの”顔”としてAKBファン、特にチームBファンから
親しまれておりましたね!

しかし惜しまれながらもAKBをご卒業し、その後は”恋愛禁止”が「解禁」されたお陰?で、
この度、日本を代表する”ラガーマン”の「ハート」をゲットした様です。

よくよく考えてみると、倉持明日香さんは中学時代から”プロレス”の「大ファン」でしたが、
稲垣啓太選手は”ラガーマン”ですが、スタイル&風貌&肉体的に見ると”プロレスラー”にも
見えないこともなく、その部分にも”惹かれた”のかも?ですね!

そんな、今注目度No1の”ラガーマン”を仕留めた?倉持明日香さんにスポットイン!



   ◇◇◇ 記事の目次 ◇◇◇   

・ 中高大学は?
・ 倉持明とは?
・ プロレス好き?
・ AKB48時代!
・ プロフィールのご紹介!



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◇ 倉持明日香さんの中高大学は?

倉持明日香さんは1989年9月11日生まれの30歳(2019年)で、ご出身は「神奈川県横浜市」です。

ご出身の”神奈川県横浜市”にあるご自宅で、ご両親と兄二人の五人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に
有る学校に通うのが一般なので、倉持明日香さんも(神奈川県横浜市)内の小学校・中学校に
通っていたと”推測”できます。

最新の情報では”中学校”は地元の横浜市にある”横浜英和女学院中学校”にご入学されたと
判明しております。

ご家族は”ご両親”と”兄二人”がいて、長男は11歳年上・次男は9歳年上のようです。

そして父親はプロ野球球団の現”ヤクルトスワローズ”や”ロッテマリーンズ”でご活躍された
元プロ野球選手の「倉持明」氏であることが有名ですよね!



引用元【インスタグラム(srv250indian)】

なので幼少期から兄を含め、”スポーツ”の英才教育を受けていたらしく将来は”野球選手”か
“ゴルファー”になれる様にとトレーニングを行っていたそうです。

ただ、母親が娘(倉持明日香さん)に限っては”日焼け”させるのを嫌い、”野外スポーツ”を
させることには”反対”していたそうです。

なので小学時代からスポーツ好きで”活発”な少女であった為、お風呂に入ることを其方退けで
体を動かしていたそうです。

また当時、若い世代に”大ブーム”を起こしていた超人気アイドルグループ”SPEED”の
大ファンでもあったらしく、その影響で”芸能界”へ興味を抱いていたそうです。



引用元【ツイッター(倉持明日香 )】

“活発”な少女も小学校を終えると中学校は地元の横浜市にある”横浜英和女学院中学校”に
ご入学されました。(現:青山学院横浜英和中学高等学校)

この中学校は”系列高校”と「一貫校」であるため、高校進学は”内部審査”のみでエスカレータ式で
進むことができます。

また、現在では”箱根駅伝常連校”の「青山学院大学」とも”提携”したことで、さらに教育の
範囲を広め、総合”レベル”がアップしている「学院」の一つの様です。

中・高校の課程は”全日制”の「男女共学」で”キリスト教系”の学校です。

なので”朝礼”では「礼拝」を行い、更に”週”に一度「聖書」の授業があるそうです。

中学時代も”スポーツ”を盛んに行っていたそうで、”ソフトテニス部”に入部していたそうです。

一方で、この頃から”格闘技”にも興味を持ち始め地元開催のプロレス観戦も行い始めたとか?

また小学時代同様に”芸能界”への憧れもあったことから”歌やダンス”の練習も行い、様々な
“オーディション”に挑戦して”力試し”も行っていた様です。

当時から”友達”の耳(耳たぶ)を触るのが大好きで、後にご活躍されるAKBでもその”癖”が
話題を呼ぶことになるとは・・・!

さらに男性の”髭”が好き!とちょっと変わった”一面”も持っていたようです。

そんな”スポーツ少女”なのに【実は!】かなりの”おデブ”さんであったらしく当時のあだ名は
「肉まん」と呼ばれていたそうな・・・?



引用元【サイト(NAVERまとめ)】

相変わらずの”スポーツ少女”も中学時代を終えると、高校も同校系列校の”横浜英和女学院
高校”に「エスカレーター式」で進まれました。(現:青山学院英和高校)

上でご紹介した通り、この高校は”中高一貫校”のため”一般入試”がなく”外部”からの新入生は
「募集」されておりません。

高校時代になると理由は分かりませんが”歯科衛生士”に興味を持ち始めて、中学時代から
行ってきた”オーディション巡り?”から一度離れて勉学に”勤しむ”ようになります。

但しこの時期も”プロレスファン”は続けていたことから当時、大人気を誇っていたプロレスラー
「小橋建太」選手の大ファンで、試合中継がある度にテレビに”釘付け”となっていたそうです。



引用元【インスタグラム(kenta.kobashi)】

そんな姿を見ていた母親は、倉持明日香さんの将来を”心配”していたとか・・・?

その後、高校三年生になり”ご卒業”が近づくと”進路指導”が始まって「進学か?就職か?」が
迫られました。

すると”歯科衛生士”を志望していたので”進学”を選択すると思いきや?幼少期の頃から
憧れていた「芸能界」を再度”夢見た”のか?大胆にも”テレビ人”になることを希望しました。

【実は!】この頃、父親の元プロ野球選手であった”倉持明”氏がスポーツ番組等でプロ野球の
“解説”を行っていたので”ちょこちょこ”テレビ出演しており、その影響もあって”テレビ人”に
“なる”こと?あるいは”なれる”と思ったのか?”芸能界”への「道」を志望した様です。

そして同年(2007年)5月に開催されたAKB48の”第4期生”オーディションに参加し、応募総数
約一万名の中から見事!”合格”を果たし念願であった”テレビ人”になることに近づいたのです。

ちなみにこの時の合格者を見ると、メジャーな部分で「大家志津香さん、佐伯美香さん、佐藤
亜美菜さん、出口陽さん、中西優香さん、成瀬理沙さん、藤江れいなさん」などが居る様です。

逆に驚いたのが!不合格者の中には後に”みなるん”の愛称で大活躍する「大場美奈」さんや
「鈴木まりや」さん「惣田紗莉渚」さんがいたのです。

その後AKBの活動が始まると毎日”ダンスやヴォイス”のレッスンが本格化し始め、卒業後の
“進路”は「アイドル」に絞られて行きました。

【ところが!】通っていた高校は”キリスト系”の学校であったこともあり”芸能活動”を著しく
「禁止」していたことから”在学”することが厳しくなって行きます。

なので、仕方なく高校三年生の”中頃”に都内にある高校へと「転校」する事となりました。

“転校先”した学校は分かっておりませんが、”転校前”の高校で担任を受け持っていた先生から
転校する際に”手書き”で書かれた「卒業証書」をプレゼントされたらしく、その事が今でも
「大切な思い出」として心に刻まれているそうです。

その後、転校した高校も無事にご卒業され、大学には”進学せず”にAKB48の活動に
“慢心”する様になって行きます。

高校を卒業する2008年3月に、第四期”研究生”から「昇格」を果たし当時のチームKへと
“配属”が決まります。

秋葉原で行われていた”AKB劇場”での活動を熟しながら、翌年(2009年)に行われたAKBで
お馴染の”選抜総選挙”で見事!21位を獲得して自身初の”シングル選抜”に選ばれます。

この時の楽曲はAKB48シングル”13th”となった「言い訳Maybe」です。




また、同年8月に開催されたコンサートイベントでAKBのコンサートでお馴染み”組閣”が
行われ、所属していた”チームK”から「チームA」へ”異動”することが告げられました。

しかし実際にチームA”デビュー”を果たすのは翌年(2010年)7月からであったので、それまで
チームKのメンバーとして活動されておりました。

そして2010年6月に行われたお馴染み”選抜総選挙”で見事!23位を獲得し、その当時から
順位毎に”一纏まり”に区切られたスタイルの”アンダーガールズ”入りを果たします。

その時の楽曲はAKB48が世に広まるきっかけとなった超有名曲のシングル”14th”となった
「ヘビーローテーション」です。




同年からスタートしたテレビ東京系列で放送されたAKBメンバー出演の連続テレビドラマ
“マジすか学園”に出演し、自身初の「女優デビュー」を飾りました。




その後もメインであるAKB48の”主力メンバー”として活躍し、さらにバラエティー番組や
情報番組にも出演するようになり”知名度”&”人気”を博して行きます。

また昔から大好きだった”スポーツ”に関連した仕事のオファーも増え始め、”BS朝日”や
“スカパー”などのスポーツ専門番組への出演も果たしおります。



引用元【サイト(YouTube)】

その後、現役生活(AKB)も8年が経つとアイドルとしての”人気”に限りが見え始め
“個人”的な仕事も増えていたことから、2015年8月のAKB48劇場公演を終えた後
“ご卒業”をされました。

ご卒業後は精力的に”スポーツキャスタ”等でご活躍し、さらに最近ではバラエティー番組への
出演などを熟しながら今に至っております。


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◇ 倉持明日香さんと倉持明とは?

“倉持明”氏とは1972年にプロ野球”ドラフト会議”で「ロッテオリオンズ」から4位で
指名を受け、そのままプロ野球界に入り活躍された元選手です。



引用元【インスタグラム(tetsuya_kojima26)】

そして何を隠そう!この方、元AKB48のチームBでキャプテンを務めた経験のある
「倉持明日香」さんの御父上なのです。

AKBファンや個人ファンなら誰もが知っている”あるある”ネタですよね!

現在はご出身の千葉ロッテマリーンズの特別コーチを務めたり、プロ野球番組で”解説”を
行ったりして活動されているようです。

現役代は”右投右打”の「投手」としてご活躍されておりました。

ご出身高校は地元の横浜市にある”横浜第一商業高等学校”で、当時から”エース”として
注目されていたものの神奈川県大会での優勝がなく、なので甲子園出場経験もなかったそうです。

しかし個人の能力が買われて1970年の”ドラフト会議”で、同球団から”指名”を受けて
プロ野球界の道に進まれました。

入団からしばらくの間は”クローザー”として活躍し、試合終盤”ピンチ”になると出場の場面が訪れ
どんな悪い”カウント”からも見事に!抑えていたことから”炎のストッパ”と呼ばれていたそうです。

その後1983年に現”ヤクルトスワローズ”に所属していた内野手で同投手の「西井哲夫」氏との
交換トレードが行われ、”ヤクルトスワローズ”に移籍されました。

しかし同球団では思ったように”成績”が収められず、シーズン後に同球団から”戦力外”を
通達され、そのままプロ野球界を「引退」されました。

引退後は”製薬会社”の営業やテレビ東京系列のスポーツ番組なので”解説”を務めたり、
さらに娘(明日香さん)が”AKB48″をご卒業された年(2015年)から保険代理店を経営されたりと
「個人事業」で生計を立てながら生活されていたそうです。

現在は”公の場”で見かけることがなくなりましたが、御年”70歳”近いので”老後の生活”を
楽しんでいるのではないでしょうか?

“息子”さんが二人いますので(明日香さんから見て両兄)、息子ファミリーと一緒に”密かな”
生活をされていると思われます。


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◇ 倉持明日香さんはプロレス好き?

倉持明日香さんは中学時代から”プロレス”が「メッチャ好き」で当時、毎年1月4日から
“東京ドーム”で行われていた”新日本プロレス”のイベントへ参加していたらしいです。

また、その時に”新日本プロレス”の「顔」として人気を誇っていた「小橋建太」選手の
“大ファン”で、試合が放送されるテレビに”釘付け”となっていたそうです。



引用元【インスタグラム(kenta.kobashi)】

なので、2013年5月に小橋建太選手が”現役”を「引退」した際は号泣したそうです。

【ところが!】それが”きっかけ”となり、その後両名共に”親交”を持つようになり二人で
一緒の”ツーショット写真”などを明日香さんの公式SNS(ツイッター)に掲載されております。



引用元【ツイッター(倉持明日香 )】



引用元【ツイッター(倉持明日香 )】

そのツイッターを見たファン達からは「ホント幸せそうな顔してますね!、お似合いのカップル、
小橋さんの左手の親指が遠慮がちでカワユイ、にやにやしてしまうの分かる気がする、
小橋のがニヤニヤしてる(笑)」等と、それほど苦情的な内容のものはなかったようです。笑;

ご卒業されてからも”プロレスファン”であるか?どうか?は分かりませんが、今の全日本
プロレスは当時から相当”様変わり”しており、沢山の”若手”が育っていますから応援したい
レスラーが多くなっているはずです。

今回のご結婚を機に”笑わない男”「稲垣啓太」選手とプロレスごっこをするのでしょうか?


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◇ 倉持明日香さんのAKB48時代!

倉持明日香さんは、2007年5月に行われたAKB48の”第4期生”オーディションに
参加して、見事!応募総数約10,000万人の中から”合格”を果たし、念願の”芸能界”入りを
果たしました。

ちなみにこの時の合格者を見ると、メジャーな部分で「大家志津香さん、佐伯美香さん、佐藤
亜美菜さん、出口陽さん、中西優香さん、成瀬理沙さん、藤江れいなさん」等がおります。



引用元【インスタグラム(ooyachaaan1228)】

そしてAKB48に入って初めて”組閣(昇格)”されたチームが「チームK」でした。

なので私の中では今でもチーム”K”か”A”のイメージが強いのですが最終的にはチーム”B”の
キャプテンを務め”締めくくって”おります。

つまりAKB48でご活躍され、卒業したメンバー内でも”チーム”を渡り歩いた珍しいメンバーの
一人だと思います。

まずあり得ませんが、チーム”4”と”8”にまで異動が及べば「パーフェクト」でしたね!笑;

2007年にAKB48の”6th”のシングル”夕陽を見ているか?”で自身初の”選抜入り”を
果たしました。

このシングルはAKBがリリースしたシングル曲の中でも「最も売れなかった曲」として
有名ですね!




秋葉原”AKB劇場”で2008年5月から始まったチームK公演”最終ベルが鳴る”で自身初の
「劇場デビュー」を飾りました。

この公演はファン達の間で非常に人気が高く後に、他の”姉妹グループ”公演でも使われ続けて
行くようになります。

また担当したユニット曲は”ごめんね ジュエル”で、AKB内でも人気が高かった「増田
有華さん、大島優子さん、宮澤佐伯さん」の四人編成での出演でした。

そして翌年の2009年4月からスタートしたチームK公演”逆上がり”でも出演し、担当した
ユニット曲は”抱きしめられたら”で出演者は「河西 智美さん、佐藤夏さん」の三人編成での
出演でした。

この公演では”主要”メンバーだった「秋元才加」さんが単独(ソロ)で”虫のバラード”を披露し、
あまりにも”完成度”が高かったため、AKB48リクエストセットリストベスト100で”上位入り”を
果たしたり他のメンバーが歌ったりと、非常に人気を集めた楽曲で、後に秋元才加さんの
代表曲となって行きました。



引用元【ツイッター(AKB48@メモリスト )】

AKB全体では、同年3月にリリースされた”11th”の楽曲”10年桜”で選抜入りを果たします。




この楽曲のセンターは「前田敦子」さんと「松井珠理奈」さんの”ダブルセンター”として
注目を集めましたが、「松井珠理奈」さんは前作”大声ダイヤモンド”でも抜擢されており、
AKB内では珍しい”新人”による様々”伝説や歴史”を作り上げたことで有名で、それにより
“大声ダイヤモンド”が大ヒットを記録したことでの「再抜擢」となったのです。

一方、同年6月にAKBでお馴染み”選抜総選挙”が開催され、倉持明日香さんは”初参加”でしが
見事!21位を獲得して”13th ・シングル選抜”を手に入れました。

この13thの楽曲は”言い訳Maybe”です。




また同年8月に行わわたライブイベントで、AKBのライブではお馴染みの”組閣”が行われ、
当時所属していた”チームK”から「チームA」へ”異動”することが発表されました。

しかし実際にチームA”デビュー”を果たしたのは翌年(2010年)7月からです。

この公演(目撃者)もチームAの中でも人気が高い”ライブ”であり、後に他の”姉妹グループ”や
“新生チームA”に変わった際に「再公演」されております。

当時”チームA”と言えばAKBのチーム内でも、最も”メイン”のライブとして知られており、
“シングル選抜”に入る”主要メンバ”が多く集まっており、各チーム内でも人気は一番でした。

そんな人気チームのメンバーに倉持明日香さんが”異動”し、ご本人は相当”緊張”したと
思いますが、同年7月から「チームAデビュー」を飾りました。

担当ユニット曲は”腕を組んで”で「仲谷明香さん、前田敦さん」の三人編成での出演でした。



引用元【ブログ(あきさし神Two推し)】

一方、同年6月にAKBでお馴染み”選抜総選挙”が開催され、見事!23位を獲得して
“17th ・シングル選抜”入りを果たしました。

この17thの楽曲はAKB48が世間から”知名度”が「認知」される事となる超有名曲の
シングル「ヘビーローテーション」です。




また、その”選抜総選挙”から順位毎に”一纏まり”に区切られるスタイルが導入され、23位の
倉持明日香さんは”アンダーガールズ”入りとなりました。

その後、同年9月にはAKB内でも”アイドル色”が濃かった「柏木由紀さん、高城亜樹さん」とで
ユニット”フレンチ・キス”を結成し、楽曲”ずっと前から”でシングルデビューを果たします。




2011年になるとあまり”大きな動き”はないものの、恒例の”22nd・選抜総選挙”では
「21位」を獲得して選抜入りを果たしました。

この22ndの楽曲は”前田敦子”さんを代表する楽曲の”フライングゲット”です。




2012年5月には、仲の良い「柏木由紀さん、高城亜樹さん」、さらに「大家志津香」さん
「佐藤夏希」さんと共に所属先事務所を”移籍”して、新たに大手芸能プロダクションの
“ワタナベエンターテインメント”へ所属されました。

そしてお馴染み”27th・選抜総選挙”では「22位」を獲得して”アンダーガールズ”入りを
果たしました。

この27thの楽曲は”大島優子”さんを代表する楽曲の”ギンガムチェック”です。




この年の8月にはAKB48の祈願でもあった(特にたかみなが!)東京ドームコンサートを実現し
さらに倉持明日香さんが”チームK”に「出戻り」することが発表されました。

そして同年11月から、またチームKでのスタートを切ります。

この時の公演は”ウェイティング公演”と題され、チーム内も”様変わり”して新たなチームKとして
船出となりました。

なので、倉持明日香さんはAKBに入って自身初のチーム内「スターティングメンバー」を
飾りました。

また、この時の”チームキャプテン”は大島優子さんが勤め「大島チームK」のスタートを
飾りました。

翌年の2013年4月に”幕張メッセ”で行われたAKBの”握手会”で、自身初となる「ソロ
デビュー曲」がリリースされることが発表されました。

そして同年5月29日に、ソロデビュー曲”いつもそばに”がリリースされました。




同年に行われたお馴染み”32nd・選抜総選挙”では”36位”と大きく陥落し”ネクストガールズ”入りを
果たしました。

この32ndの楽曲は指原莉乃さんを代表する楽曲”恋するフォーチュンクッキー”です。




“大島チームK”の主力メンバーとして活躍していたものの、2014年2月になるとAKBの
ライブで恒例の”組閣”が行われ、自身初のチームBへ「キャプテン」として異動することが
発表されました。

そして同年4月に惜しまれつつもチームK”ウェディング公演Ⅱ”の「千秋楽」を持って
チームKを終にされました。

その後、同年4月末から新たにチームBの”キャプテン”として公演「パジャマドライブ」の
初日を迎えました。

その年に行われた恒例の”37th・選抜総選挙”では「52位」と更に大きく陥落し
“フューチャーガールズ”入りは果たしたものの、この頃から”卒業”の噂が囁かれる様になります。

この37thの楽曲は渡辺麻友さんを代表する楽曲”心のプラカード”です。




そして2015年7月にスポーツ誌の”サンケイスポーツ”からAKB48をご卒業される事が
大々的に発表され、そして実際に同年8月のAKB劇場”倉持卒業”公演を持ってAKBから
ご卒業されました。





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◇ 倉持明日香さんのプロフィール

本名
倉持 明日香
読み
くらもち あすか
生年月日
1989年9月11日
仕事
タレント・女優
出身地
神奈川県横浜市
所属事務所
ワタナベエンターテインメント
血液型
A型