秋元康プロデュースの”48グループ(HKT)”で活躍し、”第二世代”を牽引してきた元アイドルで
アイドルプロデューサーの「指原莉乃」さんが”約一週間”の沈黙?を破り、ご自身の公式SNS
(インスタグラム)を久々に更新し”簡素な椅子”に座った「私服姿」を披露して”婚活”に励んで?
いるご様子!

指原莉乃(さっしー)”27歳”での私服姿(婚活)披露です。



引用元【インスタグラム(345insta)】

AKBグループ(HKT)をご卒業後は、バラエティー番組や情報番組をメインにご活躍されている
指原莉乃さん!

普段はご自身の公式SNSでも”番組提供”の「衣装」、あるいは”年相当の”ラフな「私服」での
登場が一般的です。

ところが、”意表をついた”が如く登場した久々の”インスタ”写真で、”ラフな格好”でありながら、
「品位」を感じさせる私服!【しかも!】見方によっては「お嬢様」ぽい”エレガントさ”を醸し
出しているお姿!で登場し、”ファン”たちから「絶賛」させているご様子!

ご本人のコメントも「めずらしく私服」と題して切り出し”着用物”についてご紹介されております。

さらに写真では、”簡素なベンチ”に座りワンドリンクを片手に自称”携帯社(oppo)”を観ながら、
いかにも「今どきの若者」を感じさせるお姿で登場されております。

“特徴的”な黒のベレー帽、”高級感”を感じさせる黄色のニット、”お人良さ”を漂わせる黒茶の
スカート、”新調仕立て”感の真白なスニーカーなどを身に纏い、普段の”行動”では想像も付かない
「品位さ」を感じさせる雰囲気を醸し出しているお姿を披露され、まるで「婚活用写真では!」と
思わせる”完成度の高い”一枚を撮影されたご様子です。

もちろん、これを見た”根強い”指原ファンたちからは(ツイッター側)↓↓↓



引用元【ツイッター(@yamapi )】



引用元【ツイッター(Rino?Aiサシハラブ )】



引用元【ツイッター(カタヤマコウイチ )】



引用元【ツイッター(まほ )】



引用元【ツイッター(kyukayu )】

その他にもたくさんの”称賛コメント”が伝えられております。

やはり、普段の”サッシ~ファン”からすれば、突然の珍しい「オシャレな私服姿」での登場だけに
“心惹かれた男性ファン”が増殖したようで?かなりの「反響」があったご様子♪

アイドルグループ(HKT48)引退後も、幅広い世代から”支持”され続けている人気タレントで
アイドルプロデューサーの「指原莉乃」さんにスポットイン!



引用元【インスタグラム(345insta)】



   ◇◇◇ 記事の目次 ◇◇◇   

・ 中高大学は?
・ トパーズとは?
・ 千賀が本命?
・ プロフィールのご紹介!



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◇ 指原莉乃さんの中高大学は?

指原莉乃さんは1992年11月21日生まれの27歳(2019年)で、ご出身は「大分県大分市」です。

ご出身の”大分県大分市”にあるご自宅で、ご両親と兄の四人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に
有る学校に通うのが一般なので、指原莉乃さんも(大分県大分市)内の小学校・中学校に
通っていたと”推測”できます。

最新の情報では小学校は地元の大分県大分市にある”大分市立大道小学校”にご入学されたと
判明しております。

ご家族は”ご両親”と”兄”がいて、ご自身は「長女」として生まれ育ったようです。

小さい頃は”お婆ちゃん子”であったらしく、お婆ちゃんが行く所々に付いて回っていたのだとか?

また”一人兄”が居るのですが、今までの”ヘタレキャラ”の指原莉乃さんからは想像が付かない程の
“立派”な「ご子息」であるらしく、名門”広島大学”の「教育学部」をご卒業後”地元(大分県内)”
に止まり、中学校の「教師」をされているのだとか!?

また、このお兄さんとは幼少期から非常に”仲が良かった”そうで、今でもチョクチョク会って
いるそうです。

子供の頃から”ピアノ”のレッスンを受けていたそうで、”約10年”に渡って続けていたご様子!

その一方で”アイドル好き”な少女でもあり、特に当時から女性アイドルの中では”大人気”であった
「ハロープロジェクト!」の”モーニング娘”を好んでいたそうです。

中でもメンバーであった「亀井絵里」さんの大ファンであったのだとか?



引用元【インスタグラム(eririnkamei)】

小学生時代は”母親”の影響で、日本プロサッカーリーグに所属している地元のクラブ「大分
トリニータ」の熱狂的なサポーターで、”シーズンパス”があったことから”ホーム”での試合には
毎回参加されていたそうです。

学校では、よく”鼻血”を垂らしてた生徒であったらしく最悪の時には約”四時間”も止まらなかった
ことがあるのだとか!

そのため「貧血症」気味のまま学校に通っていたようです。

小学生になっても”アイドル好き”は変わらずにおり、しかし”推しメン”が変わったそうで当時
大人気であった”モーニング娘”の中でも一際”輝き”を放っていた「後藤真希」さんに憧れを
感じていたようです。

なので人生で初めて買った”CD”は後藤真希さんのソロシングル曲”愛のバカやろう”とのことです。

さらに初めて行った音楽コンサートも「後藤真希」さんのものであったとのこと。





そのため、小学校一年生の時から既に高校の”進学先”を「東京」と決めていたらしく将来の夢は
「アイドルになる事!」と、この当時から”方向性”を決めていたそうです。

さらに、ご自身でも一度”ハロープロジェクト”入りを目指したらしく、当時開催されていた”新人
オーディション”に書類で参加し”審査”を受けたそうですが、残念ながら不合格に終わった様です。

“学業”の方では、意外にも”出来る方”であったらしく毎回テストで”上位”を占めていたそうですが、
ただ”性格”が「地味な子供」であったことから、クラスでは人気が無く「根暗なキャラ」として
学校生活を送っていたそうです。

なので、その頃から”アイドルヲタク”に「磨きを掛けていた!」ご様子です?



引用元【サイト(レジュメディア)】

“アイドルヲタク”に目覚め始めた小学時代を終えると、中学校も地元の大分県大分市にある
“大分市立王子中学校”にご入学されました。

中学時代になると”部活動”を始め、「吹奏楽部」に入部していたご様子!

吹奏楽部に入ると任された楽器は【なんと!】”トロンボーン”であったらしく、”品祖”な体質に
「ドデカい楽器」を演奏する姿が目立っていたのだとか?

ただ、意外にもそれに”ハマった!”らしく、中学二年生の時に吹奏楽部で出場した”県大会”で
【なんと!】「金賞」を受賞したご経験があるのだとか!

その”名誉”を獲得して以来、さらに”トロンボーン”に励むようにり、そして後にAKBで…!

学業の方は小学校”同様”に「優秀」で、200名の生徒数で毎回順位を50~60位を”キープ”
していたのだとか!

その中でも得意科目が”英語”で毎回60点以上を稼いでいたようすが、逆に不得意科目が”数学”で
40点以上を取ったことが無かった為に”足を引っていた!”とのことです。

なので、全体の教科で”平均”を収めていれば恐らく、かなり”上位”に食い込んでいたそうです
(後インタビューより)。

但し”アイドルヲタク”で”勉強”が出来たことから”イジメ”を受けていたらしく、”状況”が悪化した
時は自宅に籠り「引きこもり状態」に陥ったことがあるそうです。

なので、学校に通うのが”苦痛”となり、よく学校を休んで「塾」で勉強していた模様です。

“イジメ”を受けて一番悲しんだのが、自宅の”ポスト”に「もう学校に来ないで下さい」と書かれた
“手紙”が投函されたことの様です。

中学校を”サボった”時は、自宅で”アイドルヲタク”達とコミュニケーションを取っていたらしく、
“一人のアイドル”を巡ってネット掲示板に”匿名”で参加し「激論」を交わしていたのだとか?



引用元【サイト(レジュメディア)】

なので、ネット界では大活躍?を見せていた指原莉乃さんでしたので、大分県に所在する”ハロ
プロ系ヲタク達”の間では結構な”有名人?”であったらしく「大分のアイドルヲタク」と言えば、
必ず”指原莉乃”さんの名前が上がるほどの”隠れ”知名度?であったとのことです。

そして同じように鹿児島県を”君臨”していたアイドルヲタクが【なんと!】後に同グループとなる
「柏木由紀」さんでした!



引用元【インスタグラム(yukikashiwagi_official)】

そのため”ハロプロ系ヲタク”たちの間では「大分の指原!鹿児島の柏木!」等と呼ばれるほど
“アイドルヲタク”として「君臨」していたのだとか!

なので、二人は”AKB時代”はもとより今でも”仲良し”な存在であるそうです。

そんなある日”福岡県内”でAKBのライブが開催されたらしく、もちろん指原莉乃さんも参加し
“ライブ”は大盛況で終え、それがキッカケでAKB入りを志すように決めたのだとか!

そして、中学校三年生の2007年に行われたAKB第五期生オーディションに応募し一次審査を
見事!通過させました。

【実は!】その時の思いとして「アイドルになりたい!」ことは”大前提”でしたが同時に、
“イジメ”から解放されるために「上京したい!」との、”複雑な思い”も抱えていたとのこと。

その後、第二次審査は”東京”で行われたので、中学生の”田舎娘”には「上京すること」はかなり
“難易な部分”があった為、仕方なく”親”に相談したようです。

すると両親は、娘が”イジメ”を受けていたことを知っていたのか?父親は「受かるはずがないから
気分転換に観光気分で遊んで来い!」的なことを伝えたらしく、また”黙って”応募していた事から
母親にも”メール”で「東京行き」が必要であることを打ち明けたそうです。

そして同年9月30日に行われた”第二次審査”も無事に通過して、最終選考の10月6日に晴れて「合格」を果たしました。



引用元【サイト(レジュメディア)】

この時の”有名”所の同期生には「石田晴香さん、内田眞由美さん、北原里英さん、仁藤萌乃さん、
宮崎美穂さん、」などが居ります。

その後は「半不登校状態」であった中学校のご卒業を迎え、”式典の練習”に参加していなかった
ことも”影響”して、そのまま「学校には行かずに」ご卒業されたそうです。

ちなみに、この時の同級生には後に”48グループ”の「SKE」で活躍される「矢方美紀」さんが
いるそうです。

矢方美紀は普通に”ご卒業”されたことでしょう(笑;)。



引用元【インスタグラム(miki_yakata)】

「複雑」な中学時代を終えると、高校は地元(大分県)を離れ上京し都内にある”クラーク記念国際
高等学校”にご入学されました。

この高校には”通信制”があるため近年、”若手芸能人”が通う高校として知名度を上げております。

“全日制”であれば「堀越学園・日出学園(現:目黒日本大学高等学校)」等が芸能人”ご用達”として
有名ですよね!

なので、”OB/OG”には俳優の「市原隼人」氏、タレントの「重盛さと美」さん、女優の「北川
景子」さん、元関ジャニ∞の「錦戸亮」氏などが居ります。

指原莉乃さんもこの高校の”通信制”を選択されたそうで、AKB活動を”メイン”にしつつ学業は
“仕事の合間”や”帰宅時”に行っていたご様子!

また高校進学と同時に”上京”されましたが、”心配”した大分の”母親”も一緒に上京し”生活”を
共にしていたそうです。

高校時代の同級生には、後にジャニーズJr.のユニット”Snow Man”でご活躍される「渡辺翔太」氏
も同じ高校の卒業生らしいです。

東京での”活動”をスタートさせると、とりあえず所属事務所は「AKS」に籍を置きます。

その後、高校入学直前の3月1日に”秋葉原・AKB劇場”で行われた「チームB」の公演に
“研究生”でバックダンサーとして出演し、自身初の「劇場・舞台デビュー」を飾りました。

そして同年8月に”研究生”から「正式メンバー」へと”昇格”を果たし、組閣で”チームB”の正式
メンバー入りを果たしました。

もちろんその時の”売り”は、中学校で輝きを見せていた「トロンボーン」で”劇場公演”の際や
“選抜メンバー”の「楽曲」で披露したこともありましたね♪

早くから”劇場公演”に出演していたことが功を称し!同年10月にリリースされたAKB48
“10th”シングル”大声ダイヤモンド”で自身初の「選抜メンバーデビュー」を飾りました。





そこからは本格的に”AKB”での活動を行い始め、”メイン”である劇場公演”チームB”に毎回
出演し、”ユニット曲”の「一員」として定着し始めて行きます。

翌年の高校二年生になると、今ではスッカリAKBの”風物詩”となっている「選抜総選挙」が
開始され、シングル”13th”となる楽曲の”選抜候補者”が先行されました。

すると”開催元年”にも関わらず指原莉乃さんは27位に選ばれ「アンダーガールズ」入りを
果たしました。

この時の楽曲は「言い訳Maybe」です。





高校三年生になる年の2010年1月には、AKB48のテレビドラマとして有名であった
“マジすか学園”への出演を叶え、自身初の「テレビドラマデビュー」を飾りました。



引用元【ブログ(わーむブログ)】

また同年3月には、芸能事務所”ASK”に一時置いてあった「籍」を、大手芸能事務所の”太田
プロダクション”に「移籍」させました。

同年に行われたお馴染み”AKB選抜総選挙”では見事!”19位”を獲得し、選抜総選挙が始まる
前に”選抜入り”していた「涙サプライズ!」以来の”選抜メンバー”に「返り咲き」ました。

この時の楽曲はAKBを代表する楽曲の一つ”17th”の「ヘビーローテーション」です。





ここからは一気に知名度&人気が上昇し始めて”テレビ番組”や”各社イベント”への出演数も増えて
行きます。

また、周りから親しまれて呼ばれていた愛称「さしこ」が徐々に”世”に広まり始め、お茶の間や
ファンの間でも”さしこ”の愛称で呼ばれるようになって行きます。

同年10月には、”週刊マガジン”でお馴染みの姉妹誌「月刊ヤングマガジン」の企画ものとして
掲載された”4コマ”マンガに指原莉乃さんが選ばれ、その主人公「ウザりの」のモデルとして
連載が始まりました。



引用元【雑誌(月刊ヤングマガジン)】

12月になると、同年4月末から始めたご自身の公式SNS(アメブログ)”指原クオリティー”が
“ブログ更新”記録に挑戦した「企画ネタ」も影響して、年間アメーバブログランキングで堂々の
「歴代一位」に輝きました。

高校のご卒業を迎えた2011年になると、1月から地元”大分県”の放送局とTBS系列の番組で
放送されたテレビ番組”さしこのくせに~この番組はAKBとは全く関係ありません~”がスタートし
自身初の「冠テレビ出演」デビューを飾りました。

また同月に行われた”AKBリクエストアワー”では、AKBメンバーの「大島優子」さん、「北原
里英」さん、「横山由依」さんで結成させることが決まった”Not yet”の一員に選ばれたことが
発表され、さらに同年3月に”1st”シングル「週末Not yet」で”ユニットデビュー”することが
明らかとされました。





この頃になると、スッカリ”さしこ”としてグループに馴染み”気兼ねなく”周りの「先輩・後輩」と
接するようになっていたので、AKBファンなら誰もが知っていることですが、AKB48の
“不動のセンター”として名を馳せた女優「前田敦子」さんや衣装さんから貰っていた”私服”を
着用するようになります(“普段着”のファッションセンスが無いとして!)。

その後4月を迎え、無事に高校時代を終えると、大学には「進学せず」に社会人となりAKBや
芸能界の活動を”本格化”し始めて行きます。

この年に開催されたお馴染み「選抜総選挙」では”9位”を獲得し、選抜入りを果たします
(この年から”上位”選抜者は”メディア選抜”と呼ばれるようになりました。)

この時の楽曲は”前田敦子”さんでお馴染み”22nd”の「フライングゲット」です。





同年10月からは、自身の夢でもあったフジテレビ系列で放送されていた昼の冠番組「笑って
いいとも!」への出演が決まり、さらに”水曜日”の「レギュラー陣」に抜擢されました。



引用元【サイト(NAVERまとめ)】

また同年12月から放送が始まったオンラインゲーム会社”NEXON”のCM「メイプルストーリー」に
出演し自身初の「CMデビュー」を飾りました。

2012年になると1月から日本テレビ系列で放送が決まっていたテレビドラマ”ミューズの鏡”で
「主演」を演じることはもとより、同月8日に行われた”幕張メッセ”でのライブで、そのドラマの
“主題歌”を担当することが発表され「ソロデビュー」を飾ることも明らかとされました。

そして同年5月に楽曲”それでも好きだよ”がリリースされ、”オリコンチャート(デイリ)”でも
堂々の「一位」を獲得し、音楽業界にも”活動の幅”を広めて行きます。





そして、その年の恒例「選抜総選挙」では、自身初の”ベスト10”入りを果たし「第4位」に
輝き、メディア選抜に選ばれます。

この時の楽曲は”大島優子”さんでお馴染み”27th”の「ギンガムチェック」です。





“総選挙”でもトップテン入りを果たし自身初の”主演ドラマ”も放送され人気に拍車がかかていた
その時、芸能誌でお馴染みの”週刊文春”から「男性問題」が過去にあったことが報じられ、その
“スキャンダルネタ”によって一挙に「奈落の底」へと追い込まれます。

その後”アイドルファン”や”芸能関係者”を騒然とさせていた時、”ニッポン放送”のラジオ番組で
あった”AKB48のオールナイトニッポン”に”ご自身”と48グループの創設者でプロデューサーの
「秋元康」氏とで出演し、”事実内容”の確認が発表された上で”翌日”から九州・博多に創設
予定であった「HKT48」へ”移籍”するように命じられました。

これにより、同年6月に開催予定であった指原莉乃さんプロデュースによる”第一回ゆび祭り~
アイドル臨時総会~”の開催が危ぶまれましたが、何とか問題なく”強行”されました。

その後、ご本人は地元”九州”へと活動の拠点を移し、同年7月からHKT48劇場で公演された
“チームH・手をつなぎながら”に出演して、自身初の「HKTデビュー」を飾りました。

その後”人気低迷”の時期に突入する!と誰もが思っていた矢先、フジテレビ系列で放送された
バラエティー番組”FNS27時間テレビ”に出演し、番組企画”指原たった1人の残念ライヴ”で
“一人ライブ”が行われると思いきや!途中からドッキリでAKBメンバーが乱入して全員で踊り出し、
指原莉乃さんの”シドロモドロ”の「表情や行動」が話題を呼び、お茶の間でも”大ウケ”したことで
“返って”以前よりも”お笑いキャラ”として「親しまれて行く」結果となりました。

【しかも!】同月末には秋葉原・AKB劇場で、AKBプロデューサーの”秋元康氏”のはからいに
よって特別公演”指原莉乃・壮行会”が行われ、AKB史上「前代未聞」の公演が開催されました!

さらにその後、今年の初旬に放送された自身初の主演ドラマ”ミューズの鏡”の「劇場版」が完成し
同年9月から”劇場版ミューズの鏡~マイプリティドール~”が公開され、自身初の「映画
デビュー」を飾りました。

“逆行効果”でさらに人気が高まった勢いのまま、同年10月に自身”2nd”となる楽曲「意気地
なしマスカレード」をリリースし、誰もが予想だにしていなかった”オリコンチャート(週刊)”で
「一位」を獲得されました。





この楽曲には同グループメンバーであった「川栄李奈」さんと、現メンバーの「入山杏奈さん、
加藤玲奈さん」も参加し”指原莉乃 with アンリレ”として加わっております。

2013年以降は本格的に”HKT48”のメンバーとして、さらに同グループの”人気”を上げる
ための活動に”専念”し、AKBの”メディア出演”以外はHKTに貢献するようになって行きます。

また、その後の”個人”としての活躍の場は”選抜総選挙”へと移り始め、毎年”上位”を獲得しながら
“話題性”を作り「48グループ」の人気を”牽引”して行きます。

そして同年に開催された”選抜総選挙”では、人気絶頂であった「ゆきりん・まゆゆ・じゅりな」を
押さえ”選抜総選挙”に出場以来、”初”となる”一位”に輝き、「センター」を獲得されました。

しかも、その時の”32nd”であった楽曲「恋するフォーチュンクッキー」は、レトロなダンスと
“カントリー感”が味わえる”楽曲”が国民から指示され「社会現象」になるほどの”人気ぶり”を
見せておりましたね!





また、この選挙ではAKB48以外での”姉妹グループ”では初となる”一位”であり、さらに総選挙
始まって以来の最高獲得票数(15万以上)を記録して「初物尽くし」の総選挙となったそうです。

総選挙後は地元(大分県)に帰郷し”市長”に挨拶に行ったところ”私は15万票なんて集めたことが
ない!”等と称され、アイドルながらの”獲得数”に「脱帽」されたご様子であったとのこと。

その後も”48グループ”では”総選挙”や”歌番組”をメインに活動され、個人としては所属する
“HKT48”や”バラエティー番組”への出演などで活躍しながら48グループを支えて行きます。

そして、2018年12月に”TOKYO-DOME CITY HALL”で開催されたライブで、48グループから
「ご卒業」することが発表されます。

翌年の4月に”横浜スタジアム”で開催されたライブ「指原莉乃 卒業コンサート~さよなら、指原
莉乃~”をもって、HKT48並びに48グループからのご卒業をされ、今に至っております。



引用元【ブログ(まいけるの,鉄道,路線バス,AKB48グループなどの目撃者になるブログ)】


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◇ 指原莉乃さんのトパーズとは?

トパーズとは【ズバリ!】指原莉乃さんが手掛けた(プロデュース)コンタクトレンズブランド
「TOPARDS」のことです。



引用元【ツイッター(たくや )】

自身が日頃から感じていた”コンタクトレンズ”に対する「考え」を反映させるために、美容の
“専門家”を交えて”意見”を交換したり、”要望”を伝えたりして生み出されたのがこの「レンズ!」

“開発期間”に約”半年間”を要して、自身が”納得”できる拘りを持った一品を完成させたようです。

シンプルな透明色も”あり”ですが、他にはない「個性」を放つために以前から”考案”していた
「カラコン」の実現に向けて”力”を注いだらしく”リフレッシュ”なスタイル感も忘れずに
取り入れたのだとか!

なので”バラエティー”が豊富で”新鮮味”ある「新カラーコンタクトレンズ」の発売に漕ぎつけた
ご様子!

ご自身もAKB(48グループ)をご卒業後、初となる”プロデュ ース業”であったことも幸いして
“新鮮”あるいは”透明感”や潤い感”を与える「イメージ」を売りにしている模様です。

これから”カラーコンタクト”デビューをされる方、あるいは普段のカラコンに”飽き”を感じている
方に是非、お勧めとのことです。

“音楽業界”を始め、”舞台演出”などの「プロデュース業」には”定評”が高い指原莉乃さんが
手掛けた「一品」なので、”期待”が持てるのは間違いないでしょう!






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◇ 指原莉乃さんは千賀が本命?

今や”恋愛禁止令”から解放され「自由の身?」となり、”やりたい放題?”となった指原莉乃さん
ですが、意外にも最近は”スクープネタ!”の方では「身を隠している」ご様子で、特段!浮いた
話が聞こえてきません。

ただ、その中でも唯一”噂”されている「男性芸能人」が、人気アイドルグループ”Kis-My-Ft2″の
「千賀健永」氏のようです。



引用元【インスタグラム(kismyft2_senga)】

千賀健永氏と言えば、元スマップのリーダー「中居正広」氏がプロデュースした”舞祭組”の
メンバーとして”ジャニ・ヲタ”の中では有名ですよね!

元から”アイドルヲタク”であった指原莉乃さんだけに「無くは無い」話なのですが・・・?

では何故、”サッシ~”と”千賀氏”に「噂」が伝えられたのか?原因は何なのでしょうか?

それは簡単なことで、両名共に”お揃いのグッズ”を「持参」していたから・・・とのこと!

特に注目されたのが、両名が使っている”スマホカバー”が似ている(同じ)のだとか?



引用元【サイト(NAVERまとめ)】

比較してみれば、確かに裏の”キャラクター”が同じ「デザインのもの」であることが分かります。

他にもたくさんの「物的証拠」の写真が”流用”されているようです。

情報では”イヤリング”や”腕時計”なども被っているそうで、あまりにも”証拠”が多すぎる事から
「熱愛説」が浮上したご様子!

但し”知名度&人気”の上では”サッシ~(女性側)”の方が”格段”に勝っているので、お似合いの
カップルか?と聞かれれば”疑問”を感じますよね!

しかも”サッシ~”は以前から俳優の「志尊淳」氏を好んでいたことは有名な話です。



引用元【インスタグラム(jun_shison0305)】

志尊淳氏と千賀健永氏を比較した場合・・・”性格”的にも”キャラ”的にも、あまりにギャップが
あり過ぎるので、持ち物のグッズが一致していたからと言って「千賀健永」氏は、ちょっと
“有り得ない”と私は感じております。

ファンの皆さんの”ご見解”は如何ですか?


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◇ 指原莉乃さんのプロフィール

本名
指原 莉乃
読み
さしはら りの
生年月日
1992年11月21日
仕事
アイドル・タレント
出身地
大分県大分市
所属事務所
太田プロダクション
血液型
O型