人気アイドルグループAKB48の”二代目総監督”としてその名を馳せた人物「横山由依」さん!

 

 

引用元【インスタグラム(yokoyamayui_1208)】

 

女性アイドルながら、その「親しみ易いキャラと個性溢れた天然キャラ」で”男女の垣根”を
越えた”ファン達”から多く支持され、AKB48の”人気向上”に大きく貢献しております。

最近では”舞台”の仕事も増えているそうで、AKB48グループのメンバーで構成された作品
“仁義なき戦い~彼女たちの死闘編~”に出演し「晒し姿」を披露して話題になっておりました。

昔から彼女の愛想は”京都”出身も手伝って「ゆいはん」で親しまれてきましたが。この舞台で
“サラシ姿”を披露した事から、さらに”ゆいはん”のイメージが強くなった!とファン達から
絶賛されております。

そんな元AKB48の総監督「ゆいはん」にスポットを当ててみました。

 

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◇ 横山由依さんの昔(中学・高校・大学)とは?

 

横山由依さんは1992年12月8日生まれの26歳(2019年)で、ご出身は「京都府木津川市」です。

ご出身の”京都府木津川市”にあるご自宅では、ご両親と姉(三歳年上)の”四人家族”で
生活していたらしく、地元は”田舎”で自然に満ちていたことから、幼少期は”自然を遊び場”と
していた”ヤンチャな子供”であったそうです。

後にご自身でも子供の頃の自分を”野生児だった”等と話しております。

 


引用元【サイト(NAVERまとめ)】

 

少年期から大好きであった”姉”と共に音楽教室に通い”エレクトーン”を習っていたそうで、
小学二年生になると打楽器の”ドラム”にも挑戦していたらしいです。

学業の方は非常に”真面目”で成績が良く、幼少期の頃から”自然と戯れていた”ことが幸いし?
“運動神経”も物凄く良かったそうです。

なので何か”スポーツ部”にでも入部していた可能性が高いのですが、それらしき情報がなく
“ごく一般的”な小学時代を送っていたようです。

ただ、昔から”走ること”はメッチャ大好きだったらしく、毎年地元の駅伝大会に出場すると
“高成績”を収めていたそうです。

学業は”優秀”であったものの教科では”音楽と体育”を好んでいたらしく、音楽では”音楽教室”に
通っていたこともあって特に”得意科目”だったそうで、”歌ったり・合唱したり・楽器で
演奏したり”することが大好きだったようです。

そんな”音楽好き少女”が小学校四年生になったある日、誰と一緒に行ったのか?は定かでは
ありませんが、大阪城ホールで行われたダブルヴォーカリスト「CHEMISTRY」のコンサートに
参加したことがあったそうで、そこであまりにも”素敵な声”に心を奪われた事がきっかけとなり
小学生ながら「歌手」になることを”夢見る”ようになったそうです。

その後、無事に小学校をご卒業し地元”京都府”にある”木津川市立木津第二中学校”に進学します。

 


引用元【サイト(NAVERまとめ)】

 

中学生にあると意外にも”勉強”を好まなくなり大好きだった”運動”と憧れの”歌手”に向けて
“力”を入れ始めるようになります。

スポーツでは”バスケットボール部”に入部し、持ち前の”運動神経”と野生?で鍛えられた
“足の速さ”を生かし、厳しい練習に耐えながら毎日汗を流していたそうです。

音楽活動では、中学二年生頃から大阪市中央区難波にあるヴォイススクールの”ハートボイス
スタジオミュージックスクール”に通い「ヴォイストレーニング」を受けながら憧れの”歌手”を
目指して、たくさんの”オーディション”を受けていたそうです。

元から”やる気”と”負けん気”が強い「性格」を持った子だったことから、約100以上の
“歌手志望”オーディションに参加したそうですが、一つも”合格”しなかったそうです。

後にこの出来事は「横山由依列伝?」として”有名な話”となって語り続けられますね♪

憧れの”歌手”が叶わぬまま”中学時代”が終わり高校進学となり地元”京都府宇治市”にある
“京都府立西宇治高等学校”にご入学されました。

 


引用元【サイト(NAVERまとめ)】

 

入学当時の学校名は”宇治高等学校”でしたが2009年に閉校となり同じく京都府にあった
“城南高等学校”と「統合」され”京都府立城南菱創高等学校”に生まれ変わりました。

なので”ゆいはん”がご卒業した高校は「城南菱創高等学校(じょうなんりょうそう)」となります。

高校進学してからも相変わらず勉強には興味がなかったらしく部活では”軽音部”に入部して
昔から鍛錬された”声”を生かし、主にバンドの”ヴォーカル”を任せられていたそうです。

また授業が終わると地元にあるファーストフード店(マクドナルド等)でアルバイトを行い、
自身の夢(歌手になる事)を叶えるため、少しでも”足しに”なるよう活動資金を稼いでいた様です。

高校一年生の3月に行われたAKBグループの姉妹チーム”SKE48”の第二期生(チームKII)の
オーディションに臨みましたが不合格で終わり、高校二年生の4月に行われたAKB48の
第八期オーディションに臨みましたが、やはり”不合格”でした。

しかし持ち前の”やる気と負けん気”を発揮し、諦めずにAKB48の第九期オーディションに
臨んだ結果、やっと「合格」を勝ち取りました。

 


引用元【サイト(NAVERまとめ)】

 

そしてAKB48の一員となった”ゆいはん”は晴れて”研究生候補”となり厳しレッスンを
スタートさせました。

とは言っても地元”京都”から「上京」して週末の”レッスン”に通っていたので交通費・宿泊代等
“費用面”に余裕がなく以前から行っていたバイトを続け、さらに食品工場やファミレスなどの
アルバイトを増やし賄っていたそうです。

なので学業以外の自分の時間がなかったことから、与えられていたAKB研究生のダンスの
“自主練習”は仕事が終わってから”自宅”で行っていたそうです。

この辺の事情をAKBの代名詞でもある「高橋みなみ」さん、さらにメンバーやファン達が
知っているからこそ「努力家!横山由依」と言われている”所以”なのです。

東京レッスンがスタートしてから三か月後、AKB研究生を正式に決める”セレクション審査”が
実施され、努力が報われて無事に正式な”研究生”となりました。

研究生に合格した後は本格的にAKBの活動に専念するため上京し慣れない東京で”一人暮らし”を
初めて、さらに上”昇格”を目指すようになります。

すると才能(アイドル)は直ぐに開花し、翌年の高校三年生の時に東京葛西臨海公園で行われた
“AKB48東京秋祭り”のライブイベントで、突然のサプライズとして”ゆいはん”がAKBの
正式メンバーに昇格したことが発表され、さらにチーム”K”への所属が決まりました。

 

 

引用元【ツイッター(はぁと@さんこいち永遠)】

 

私はその時の様子を拝見していましたが、突然の発表を受けた”ゆいはん”は感極まって”大粒の
涙”を流している様子を今でも鮮明に記憶しております。

“チームK”に加わった後”AKB劇場”で活躍していたのですが、数か月も経たないうちにAKB
グループから”派生”して誕生したユニット「Not yet」のメンバーに抜擢されました。

このメンバーはチームKで大活躍した大島優子さん、北原里英さん、さらにチームBだった
指原莉乃さんで結成され、AKB初の”派生ユニット”が誕生したのです。

 

 

 

 

その後も学生生活と仕事の「文芸両道」を熟し続け、無事に高校をご卒業されると大学進学は
行わずに”芸能活動”に慢心するようになって行きます。

AKBの活動を本格化し始めた頃、丁度新シングル”Everydayカチューシャ”の選抜メンバー選考が
行われ、自身初の選抜メンバー入りを果たしました。

また同年(2011年)6月に行われたAKBでお馴染みの”選抜総選挙”で1万7000票近くを
獲得し「19位」を達成して”メディア選抜入り”を手に入れました。

その後もAKB48の劇場公演・楽曲・イベント・ライブコンサート・関連テレビ番組などに
数多く参加し、さらにご自身の「ソロ写真集」等もリリースして、AKBの”人気向上”のために
大きく貢献しておりました。

 

 

 

 

すると、2014年にAKBグループの”初代総監督”であった「高橋みなみ」さんがAKBを
卒業することを発表し、次期「総監督の座」に指名されました。

翌年の9月に行われたAKB劇場の”チームA”公演でチームキャプテンに復帰することが決まり
さらに12月には”高橋みなみ”さんご卒業による総監督の”継承”に「正式に任命」されて
AKBグループの「二代目総監督」となりました。

その後は新たな責任を纏いながらAKBグループの低迷していた”人気”の復活のために尽力し
2018年まで”大役”を務めてきましたが自身の”年齢”や”若手進出”が増えた為、前年度の
12月に発表された”組閣人事”でチームAの新キャプテンに「岡部麟」さんが決まっていたので
同年4月からチームAのキャプテンを退き、さらに12月にAKB劇場で行われた”13周年
特別記念公演”でAKBグループの”総監督”からも退くことを発表しました。

後任には同チームAの「向井地美音」さんを指名し、翌年の3月いっぱいでAKBグループの
総監督を退任し、第三代目総監督に「向井地美音」さんが正式に任命されました。

その後は”重荷”がとれたのか?バラエティー番組や音楽番組などに多く出演し”陰ながら”
AKB48のために尽力しながら、今に至っております。

 

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◇ 横山由依さんの卒業時期とは?

 

横山由依さんのご卒業時期は、ズバリ!!現総監督の「向井地美音」さんが”立派”に「独り立ち」
した時・・・らしいです。

 

 

引用元【インスタグラム(___mion.m)】

 

“責任感の強”い横山由依さんらしい考え方ですね♪

実は”向井地美音”さん!”ゆいはん”と同じくらいの”努力家”として有名で、今まで幾度となく
“辛い経験”もして参りました。

2013年に第15期生として「市川愛美」さんや「湯本亜美」さんと共にオーディションに
合格して加入し、今までの応募者では稀にみる”芸歴”の長さ、更に”女優デビュー”も果たして
いたことから”次世代エース候補”として関係者から注目を浴びてAKBデビューを果たし
2016年にリリースされたシングル”翼はいらない”でセンターの座を手に入れました。

 

 

 

 

その年に行われたAKBグループでお馴染みの”選抜総選挙”では13位を獲得して自身初の
“選抜入り”を果たし、さらなる期待が持たれていたのですが翌年の選抜総選挙では17位と
低迷し”ランクダウン”してしまい選抜入りを逃したのです。

そのため関係者からは”冷ややかな目”で見られだし、更にファンも減少し始めたことから
自身を生まれ変わらせるためと所属していたAKBグループの運営会社である芸能事務所
“AKS”からの退社を決め、AKB48の元メンバー「小嶋陽菜」さんや「高橋みなみ」さんが
所属している大手芸能事務所”プロダクション尾木”の子会社である「Mama&Son」に移籍し
“心機一転”をはかりました。

すると、その後に行われた”AKB48グループセンター試験”においてメンバー内で一位を
獲得し(157/200点)、2018年にリリースされた52ndの楽曲”Teacher Teacher”で
特別選抜としてカップリング曲”君は僕の風”でセンターを「自力」で手に入れました。

 

 

 

 

AKBセンター試験で”一位”を獲得し誰よりも”AKB愛”が強い事を証明すると同年に行われた
“選抜総選挙”では13位に”返り咲き”し二年ぶりに選抜入りを果たしました。

その際に行ったスピーチで↓↓↓

私はやっぱりAKB48が大好きで”AKB48のために生きていきたい!”と思うようになった時に、私は新しい夢を見つけました。私はいつか!いつの日か!!AKB48グループの”総監督”になりたいです。・・・これからも横山総監督の傍で盛り上げて、一緒に夢を見て、いつかその日が来た時に安心して任せてもらえるようなメンバーになれるよう頑張っていきたいです。これからもずっとAKB48を愛し続けることを誓います。

 

当時総監督を担っていた「ゆいはん」には、相当”思い言葉”として受け止めたはずですが、
“ゆいはん”も同じチームAのメンバーとして向井地美音さんが「もがき・苦しんだ」ことを
誰よりも知っていたので、この言葉には相当”心を打たれた”はずです。

なので自身の後任総監督として「向井地美音」さんを指名したのでしょう!

そして同じチームA”同士”として「向井地美音」さんを支えながら”総監督”として育て上げ
さらにチームAでもリーダーとして認められる存在となった時、つまり現キャプテンの
「岡部麟」さんからキャプテンを引き継いだ時に、”ゆいはん”が総監督に任命した責任と
チームAの将来、AKBグループの発展に期待が持てた時こそ「横山由依」さんがAKB
グループを「ご卒業」されると私は思います。

 

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◇ 横山由依さんのコンビニデートとは?

 

横山由依さんと言えば「努力家・真面目・誠実・根性アイドル・堅実性・責任感が強い」などの
イメージを連想されると思います。

なので”恋愛禁止のAKB”として世間から「認知」されている以上、それを裏切るような行為は
決して行わない女性のイメージが強いはずです。

しかし一度だけ”恋愛ネタ”になりかけた「ニアミス」を起こしAKBファンや自身のファン達の
“背筋を凍した”ことがあります。

それは2019年8月に東京都渋谷区にある”Bunkamura”の30周年記念公演としておこなわれた舞台
“美しく青く”の「大阪公演」の際、俳優の「大東駿介」氏と共演したのですが稽古の合間に
時間ができたのか?二人で近くのコンビニエンスストアに出向いた際”芸能誌”から”激写”されて
しまい、まるで”カップル”のように歩いているシーンの写真が出回ってしまったのです。

 

 

引用元【ツイッター(芸能人の噂好き広場)】

 

もちろん周りの関係者は、ただ単に二人でコンビニエンスストアへ”買い物”しに行っただけで
ある事は分かっていたし、舞台稽古の最中であったこと!さらに真昼間であったこと!などを
鑑みても”熱愛”と呼べる程の”スクープ報道”でないことは明らかで一部の間だけ盛り上がった
報道として”呆気”なく終息して行きました。

ただAKBの総監督を務めた実績のある”ゆいはん”ですから、誰よりも”責任感”が強いため、
この”デマ報道”を真直に受け止めてしまったようで?あるいは低迷しているAKB人気に
さらに追い打ちを掛けたくなく思ったのか?直ぐに自身の公式SNSでコメントを発表し
“誤解”であることを説明した上で、ファンを驚かせた事に謝罪をしておりました。

 

 

引用元【ツイッター(横山由依)】

 

するとその”呟き”を見たメンバーやファン達からは↓↓↓

 

 

 

 

 

 

ファン達は”熱愛”に対して全く反応しておらず、むしろ着ていた”稽古着”とか恋愛を後押しする
声さえも上げっておりました。

本当に”ゆいはん”は「真面目な性格のアイドル」であることを改めて確認できました。笑;

 

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◇ 横山由依さんの私服がダサい?

 

横山由依さんの”私服”がダサいことがバレてしまったのは、2016年2月にテレビ朝日系列で
放送されたお笑いバラエティー番組「ロンドンハーツ」に出演したことがきっかけでした。

この番組の”名物企画”として人気が高い”私服センスなしオンナNo1決定トーナメント”に
エントリーされ共演していた審査員が”ドヨメク”ほどの「ダサさ」っぷりを披露していました。

 

 

引用元【ツイッター(TKR)】

 

ちなみに、この企画には元AKBの「川栄李奈」さんも参加したことがあり、”ゆいはん”に
負けずとも劣らない「ダサさ」っぷりを披露しスタジオを爆笑させておりました。

AKB内で最も私服がダサいと言い伝えらていた人物こそ元総監督の「高橋みなみ」さんで
AKBの総監督は全員いファッションに”疎い”としてファン達の間では有名な話です。

 

 

引用元【ツイッター(ゆっこ)】

 

なぜ二代目総監督の”ゆいはん”も私服がダサいのか?と考えた時に、”ゆいはん”は元祖総監督の
高橋みなみさんに憧れてAKB48に入ってしまった事で”たかみな”を尊敬するがあまり貰った
“私服”を何も考えずに着用していたらしいのです。

元からファッションセンスが無い”ゆいはん”だったので、性格的に尊敬する先輩から貰った服を
無視することは許されず”真面目”に着用していたのでしょう。

つまり”ダサい”部分までもが「継承」されてしまったのです。笑;

そしてこの番組ではトーナメントを優勝して”私服センスなしオンナNo1の称号”を手に入れ、
お茶の間の皆さんからネット住民の皆さんにまで、”私服”が「ダサい」ことが広まって
しまったのです。

 

 

■ 横山由依さんのプロフィール

本名
横山由依
読み
よこやま ゆい
生年月日
1992年12月8日
仕事
アイドル・女優
出身地
京都府木津川市
所属事務所
太田プロダクション
血液型
B型

 

 

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