近年の日本にはたくさんの”アイドル”が存在しますが2019年頃にご活躍されていたアイドル
グループといえばどのグループを思い出すでしょうか?

平成で一番輝いた「AKB48」あるいは終期頃から伸び始めた「乃木坂46」更に根強い
ファンが多い「モーニング娘。」

“令和”になってもアイドルファンの間では人気がありますが、しかし「国民的人気」が急上昇
しているグループといえば「ラストアイドル」ではないでしょうか?

「集団行動」で脚光を浴びた日本体育大学の元教授「清原伸彦」氏が指導のもと行われた
「アイドルによる集団行動」、さらに高校生による”バブリーダンス”で世間をザワつかせ
“高校生ダンス部競技”を大きく全国区とし有名にした「登美丘高校ダンス部」のダンス
振り付け担当の「アカネ」先生の振り付けによる最新曲「青春トレイン」を披露し「話題性に
事欠かない」情報を魅せおり、今一番注目されている”ノリに乗っている”「アイドルグループ」
ではないでしょうか?



引用元【ブログ(エンタMX)】

しかしこのグループ!意外に「闇が多いアイドルグループ」で有名で、今までそれが原因で
メジャーになれなかったとしてアイドルファン達では有名です。

元は「ラストアイドル」という”究極のアイドルグループ”を作り上げるのが目的だったのに
いつの日からか「ファーストシーズン」だの「セカンドシーズン」だの「サードシーズン 」
だのと別れさせられ「一体いつまで続くのか!」あるいは「ラストアイドル」を作る気が
あるのか!等と心配させられたものです。

更にバトルで敗れた子達でユニットを結成したり・・・まっ!それは良いとして、一番”最悪”
だったのが”ファーストシーズン”で最終的に「ラストアイドル」として決まったメンバーと
敗れた子達で作られたユニットとまた「バトル」をさせ、勝者をラストアイドル2nd
シングルを担当させる!ってなことに!!

えっ!?「ラストアイドル」が”ラストアイドル”の2nd曲を歌えないかも?ラストアイドルって
この子達ですよね↓↓↓


では今後”シングル”をリリースする度に「バトル」を行って3th・4th~て決めるのか?

メンバーもそうですが、バトル番組に出演した司会者・審査員も疑問に感じていたそうです。

そして最終的に(現在)ですが「全員での楽曲になっている」始末!!

当時「ラストアイドル」として勝ち残ったメンバー達は「自分たちもまだまだ未熟だから」等と
「謙虚な姿勢」を見せてはいたものの内心、相当「激怒」していたはずです。

“2nd”をかけて戦った結果、初代ラストアイドルはまさかの敗退!しかも優勝どころか
グループ内でも”4位”という最悪な結果で終え、決勝トーナメントに行けない始末でした。

そのため優勝したのが”別ユニット”であった為「初代ラストアイドル」が「ラストアイドル」を
名乗れなくなってしまったのです。

その結果「初代ラストアイドル」は「LaLuce」と改名されてグループの1アイドルユニットに
降格?させられてしまったのです・・・(意味が分からん!!)

「ラストアイドル」を賭けて”マジ勝負!!”で勝ち抜いた7名であったのに関係者ですら訳の
分からぬ”扱い”をされた事に不満を感じ、さらに見ていたファン達はそれ以上に「怒り」を
爆発させる寸前だったはずです。

そして意味不明の「セカンドシーズン」を終え、総合プロデューサーであった「秋元康」氏
お得意の「?期生分け」がスタートし「サードシーズン」なるものがスタートしました。

私はこのやり方に「呆れて」いたので「サードシーズン」は一切見ていないので、現在の
2期生メンバーの子達はほとんど知りません。

その後”2nd”で勝ち抜いたユニットが「シュークリームロケッツ」で、当時バトルで
採用していた楽曲「君のAchoo!」がそのままリリースされ、ユニット名をラストアイドルに
改名され、事実上のラストアイドル”2nd曲”としてリリースされたのです。


ただ”本家”ラストアイドルを賭けて戦った際に「ハプニング」でメンバーに出戻りとなった
「長月翠」さんがこのグループを”兼任”しており、それだけが唯一初代ラストアイドルの
「足跡」として残され、ファン達から「許される部分」として安心感を与えたのです。

またこのシングルにカップリングされた楽曲のほとんどが「セカンドシーズン」で戦った
ユニットの楽曲が収められております。

もし戦ったユニットの楽曲を「単品」でリリースしていたら、更にファン達から激怒された
恐れがあり、その点は関係者も理解した上で「すべて終了」の意味を込めたのか?全曲を
カップリングに収めたようです。

そして2018年4月に「Zepp DiverCity」で”君のAchoo!”の発売記念ライブが開催されたのですが
メンバーだった「吉崎綾」さん「古賀哉子」さん「王林」さんが”ご卒業”することを発表されました。

特に第一期生で初代ラストアイドルとして最終的に残った(勝ち誇った)「吉崎綾」さんが
ご卒業を決断したことに関し、その心中を察すると”メンバー達”も”ファン達”も複雑な思いを
感じ、ただただ悲しむだけでした!

「ラストライドル」の名で正式にアイドルグループとして出発したのに、プロデューサー&
運営関係者の意味不明な”考えとやり方”に振り回され最終的的にはごく普通のアイドルユニット
「LaLuce」のメンバーになった始末!!

「実力」で”ラストライドル”を手に入れたのに関係者の勝手な意向でそれを踏み躙るかの如く
扱いをされ「卒業」まで追い込まれたことは誰もが理解し”痛いほど”分かる出来事でした。

しかも、この企画が始まってまだ”半年”なのにグループ内から3名も卒業者がでるとは表舞台のアイドルグループ結成では”前代未聞”のとこではないでしょうか?(地下アイドルは別!)

さらにこのライブでは当初、”ラストアイドル”のメンバーに勝ち残ると「実写映画:がっこう
ぐらし」への出演が約束されておりしたが、その映画へ出演するメンバーの発表が行われました

そのメンバーが↓↓↓

〇 阿部菜々実さん (LaLuce)
〇 長月翠さん (LaLuce)
〇 清原梨央さん (Someday Somewhere)
〇 間島和奏さん (Someday Somewhere)


以上の4名と発表!

え~~ェ??「最終的に勝ち残ったメンバー」つまり現(LaLuce)のメンバーから抜擢される
約束ではなかったのですか~!とツッコんだのは私だけではなかったはずです!!

結局「人気・実力・知名度」などを考慮して決めたのでしょう!!

こういった「経緯」があって現在の「ラストアイドル」が形成されておりますが、特に
「吉崎綾」さんがご卒業までに追い込まれた事の発端は、この企画を運営・制作した側に
あることはハッキリとしており、その辺が”ラストアイドルファン”やアイドルファンから今でも
“闇が多いアイドルグループ”と呼ばれる「由縁」なのです。

そんな「悲しい&辛い思」をしてラストアイドルから去られた「吉崎綾」さんの今と昔について
注目してみました。



   ◇◇◇ 記事の目次 ◇◇◇   

・ 中高大学は?
・ クォーターで日本語が?
・ 姉弟は?
・ プロフィールのご紹介!



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◇ 吉崎綾さんの中高大学は?

吉崎綾さんは1996年6月3日生まれの23歳(2019年)で、ご出身は「福岡県」です。

ご出身の”福岡県”にあるご自宅で、ご両親と姉と二人弟の六人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に
有る学校に通うのが一般なので、吉崎綾さんも(福岡県)内の小学校・中学校に通っていたと
“推測”できます。

最新の情報では小学校は地元の福岡県にある”福岡市立春吉小学校”にご入学されたと判明して
おります。

この学校は”私立”小学校で、1873年頃に”開校”されたそうです。

なんと!ここの小学校をご卒業された著名人の中には国民的マンガ「サザエさん」でお馴染みの
漫画家「長谷川町子」先生や、元ミス・ユニバース日本代表に選ばれた「古野弥生」さん等が
通っていた小学校のようです。

ご家族は”両親”と五歳年上の”姉”、五歳年下の”弟”、八歳年下の”弟”とご本人の六人家族で
ご自身は”二番目”の「次女」で生まれ育ったご様子!

実は彼女、凄く可愛くて「博多っ子」のイメージが強いですが両親が母親(フィリピンと
スペイン)のハーフ、父親が日本人の「クォーター」なのです。

そこから良くぞ「かわいいアイドル」が誕生したものです♪


引用元【インスタグラム(yoshizaki_aya)】

小学校を終えると地元の”中学校”にご入学されたと思われますが、その情報が殆ど無いために
詳しいことは分かりませんが、小学校が”春吉小学校”であるため通常は、同じ地区にある
“福岡市立春吉中学校”に進学されるのが一般なので、そちらで”ほぼ”間違いと思われます。

中学校三年生の”15歳”の時に、福岡市の「天神」で”カットモデルになりませんか?”等と
“スカウト”されたことがきっかけで「芸能界デビュー」につながったそうです。

中学校ご卒業後の”高等学校”についてですが、中学三年生のご自身”15”歳の時に、既に
“上京”しており、ちょうど中学校の”ご卒業時期”と重なっております。

つまり高等学校は、芸能事務所から”スカウト”を受けてすぐに上京し”東京都内”の中学校に
“転校”あるいは”編入”して卒業を向かえ、そのままそちら(東京都)の高等学校に”ご入学”を
された可能性があります。

しかし、その後調べたところ通っていた高校は”福岡県内”の高校だと判明し、予想は見事に
“外れて”おりました!

どうやら所属した芸能事務所(現在在籍)の「キュールエンターテインメント」は福岡県でモデル
専門にマネージメントとしている福岡所在の事務所らしく、ここに通いながら「モデル業」を
行うために、同じ”福岡県”にある「高等学校」を選んだそうです。

しかし”入学校”までは分っておりません、

高校ご卒業後の「進路」ですが、どうやら大学には進まず芸能活動一本に絞ってモデル業に
専念していたようです。

モデルデビュー後の2012年に福岡から上京し、モデル業を本格的にスタートさせたそうです。

同年、初のモデル人としての仕事だったのでしょうか?”写真家”で”アイドルプロデューサー”
としてご活躍中の「古谷完」氏が手がけた作品「晴れのちツインテール キュンの導火線」への
出演が決まり”ツインテールガールズの一員”として撮影に参加しました。

この作品には他のアイドル「田中里奈さん・小出友華さん・永井亜子・吉田理紗さん・他」など
計11名の人気アイドルの中に選ばれ話題となっておりました。

モデルデビューの際、福岡の天神で「スカウト」した担当者がモデル関係者であったか?どうか?は
定かではありませんがその後、福岡市内にある”モデル事務所”として地元では有名な「キュール
エンターテインメント」に正式に所属することになりました。

この事務所の「先駆け」は東京にあるモデル事務所「エッジモデルエージェンシー」らしく、
そこから独立して立ち上げた事務所で、主に「モデルのマネジメント」を行っているそうです。

所属事務所が決まり本格的に芸能活動を盛んに始めた頃の2016年1月に「引っ越しセンター」の
CMに抜擢され「愛知県」を中心に放送されていた「高田引越センター」に出演し、引っ越しの
CMとしては珍しい「セクシー女性」をアピールしているCMとして話題になったそうです。

引っ越し=セクシー女性との”アンバランス”がお茶の間の皆さんにウケて、更にファッション
関係者や雑誌編集者の担当者から注目されるようになり「吉崎綾」さんの名が広く知れ渡って
行きます。




その後、このCMがきっかけとなって同年5月に若者向けマンガ雑誌として超有名な「週刊
ヤングジャンプ」のグラビアページを担当する事となりました。

私も当時「ヤングジャンプ」ファンでしたから、この週の雑誌を見た記憶がありますが、
「表紙」を飾ったと思いきや、初ページ~終ページまでに至る”グラビア部分”を全て独占し、
同雑誌がこの週の”グラビアアイドル”として力を入れていた!が伝わるほどの起用でした。

同誌では”稀に見る抜擢”によってモデル吉崎綾さんは「初登場&初表紙&初水着&初巻頭&
初巻末ぶち抜き」以上の「五冠」を達成したそうですが、翌々考えてみると確かに通常の
モデル写真は部分的な掲載であり、しかも多数の女性を採用していたはずなのに、この週号は
吉崎綾さんだけしか居なかった!と感じた記憶があります。

それだけにヤンマガは「吉崎綾」さんに大注目し、しかもこの時の表題は「福岡の奇跡」という
キャッチコピーで紹介されていたので、まさに「推しに押し込んでいたモデル」であったことが
伺えます。



引用元【ブログ(芸能イレブン)】

「マガジン雑誌デビュー」も果たした同年8月には「第3回福岡マラソン」に同事務所先輩
タレントの藤田可菜さん、津山愛理さんと一緒に参加しました。

当日はこのイベントの「公式大会サポーター」に就任してでの参加だったので「フルマラソン
完走」が否応なしに注目されていたのですが、見事3名共にゴールすることができ「お役目
ご苦労さん!」と仲間内で一安心したそうです。


引用元【インスタグラム(yoshizaki_aya)】

地元の”ローカルイベント”を無事に熟した同年12月には女優で歌手の”243”こと「都志見
久美子」さんとコラボし、伝説的アイドルグループの元「チェッカーズ」でサイドヴォーカルを
担当していた「鶴久政治」氏プロデュースによる音楽ユニット「243と吉崎綾」で自身初の
歌手デビューを果たします。


その後しばらくは、このユニットで歌手として活動しておりましたが翌年2017年8月から
テレビ朝日系列で放送予定だった深夜の”オーディションバラエティー番組”「ライトアイドル」の
番組出演のオーディションに応募し、応募総数約5000人近い中から見事「暫定メンバー」に
選ばれ、番組出演しオーディションバトルが始まりました。

同年12月まで行われたバトルでは「二度」の対決に勝利し、最後まで暫定メンバーに残り
晴れて「ラストアイドル」の正式メンバーに決まりました。

ところが2018年から「終わったはずのオーディション番組」が何故か?「セカンドシーズン」の
名のもとに復活し、今度は個々のユニット同士との対決を行わせ同参戦に「ラストアイドル」として
加わったものの、あえなく敗退して「ラストアイドル」の名を一時「消滅」させたのです。

その後、吉崎綾さんが実力で掴んだ初代ラストアイドルの名が改名され「LaLuce」として
再出発しましたが、自身の中で「整理がつかず」グループの活動の「方向性」も見えなくなったので
2018年4月に「Zepp DiverCity」で行われたラストアイドルのライブで「卒業」することを
発表しました。

そして同年6月に「ラストアイドルファミリー」から完全に退所し、今に至っております。



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◇ 吉崎綾さんはクォーターで日本語がヤバい?

吉崎綾さんは福岡県のご出身で育ちは同県なのですが「生まれ」は違っているようです。

実は吉崎綾さんの母親は「フィリピン人&スペイン人」のハーフで、父親が日本人なのです。

つまりこの二人から生まれた吉崎綾さんは「クォーター」なのです。

また吉崎綾さんが幼少期の頃「フィリピン」で過ごしていたとの情報から「生まれ」は日本でなく
「フィリピン」だった可能性が高いです。

確かに言われてみれば”日本人顔”離れした外人っぽいお顔立ちに見えなくないです。


引用元【インスタグラム(yoshizaki_aya)】

ご姉弟がいるそうですが、3名共似ているのでしょうか?

やはり日本人離れした特徴としては”大きな眼”の印象が強く、しかも身長が150cmとかなり
短長ですので「ペットのような存在で守ってあげたい」気持ちになりますね♪

ちなみに、”同性者”から見ても「可愛い」と思うそうです。

日本へは”小学校”の頃に訪日したらしく地元「福岡県」にあります「福岡市立春吉小学校」に
ご入学され、そのまま日本での暮らしを選んだそうです。

しかし幼少期に”フィリピン”で過ごし影響で「日本語」が上手く喋れずフィリピンの標準語
「タガログ語」でないと会話が成り立たないほど「日本語」がヤバいようです。

“ラストアイドル”時代に「話したり・歌ったり」していた頃の彼女からは「日本語が下手」とは
思えなかったし、まして「クォーター」である事実は到底、想像もつきませんでした。

ただ日本で生活をしてから約10年以上経っているし日本人相手の芸能界で仕事をしているので
周りのスタッフ・マネージャーからは、そろそろ日本語が流暢になっても良いんでは?等と
“愚痴”をこぼしているそうです。


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◇ 吉崎綾さんの姉弟は?

吉崎家は”ご両親”と”姉弟が4人”いて「次女」のようです。

姉は5歳年上で、妹は5歳年下、さらに弟は8歳年下のようです。

ご両親!相当頑張ったことが分かりますね。笑;

どうも姉弟達は”離れた”生活をしているらしく、しかし仲の良い家族だそうです。

また「姉」は相当な「美人」さんらしく、吉崎綾さんが芸能界入りを勧めたそうですが断り
今は「一般人」として働いているそうです。

そして最後のご紹介するのが、愛犬”チワワ”の「BOSS」君です。


引用元【ツイッター(吉崎綾)】

この「BOSS」君と毎日2時間散歩するのが日課らしく、自身の”健康管理”にもつながって
いるようです。

“美人姉妹”に囲まれた「長男」は、きっと将来「美形の男子」になること間違い無いでしょう!


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◇ 吉崎綾さんのプロフィール

本名
吉崎綾
読み
よしざき あや
生年月日
1996年6月3日
仕事
歌手・モデル・タレント
出身地
福岡県
所属事務所
キュールエンターテインメント
血液型
B型