元音楽プロデューサー&ミュージシャンで”一世紀(1990年代)”を”風靡”した「小室哲哉」氏と
妻で音楽ユニット”globe”のヴォーカル「KEIKO」さんとの”離婚調停”が続く中、揉めに揉め
“泥沼状態”に陥って”世間”を賑わかしている両名ですが、日々”KEIKO”さんの体調も回復し
“元気”を取り戻し始めたことで、”いつ”ご自身の口から”真相”が明らかにされるのか!に
メディアの注目が集めております。



引用元【サイト(NAVERまとめ)】

1990年代後半から”小室ファミリー”の音楽ユニット「globe」のヴォーカリストに招かれ
独特な”ファルセット”と伸びやかで艶やかな”歌唱”で数々の”名曲”を世に広め、”小室ファミリー”の
人気を支えたメンバーの一人です。

その後、2002年11月に小室哲哉氏と”ご結婚”後も、順調に音楽活動を行っておりましたが
2011年10月に”くも膜下出血”で自宅で倒れ、大手術により一命を取り留めましたが自宅療養や
通院での”リハビリ”が必要となった為、現在まで音楽活動から離れておられます。

その後は”実家”のある大分県に戻り”療養生活”を送りながら芸能界から身を潜め、”容態”に
ついては旦那の「小室哲哉」氏からの”発言のみ”で知ることができておりました。

なので”小室哲哉”氏が”KEIKO”さんに「触れる発言」がある時は、いつもメディアから大きく
注目を浴びておりましたが、最近ではご自身に降りかかった「不倫疑惑」で世間をザワつかせ
それを”払拭させる”ためか?”KEIKO”さんが回復基調の様子が見えず、日々”献身的な介護”を
繰り返していることで”心身共に疲れ果て”芸能活動を継続することが不可能と判断したと伝え
突然!芸能界からの引退を発表し、関係各所やファン達を驚かすと共に「同情感」が世間に
広まり出して”不倫疑惑”を報じたメディアが、逆に叩かれる事態と化しておりました。

小室哲哉氏が”引退”を発表したのが2018年1月19日でしたが、その後”不倫疑惑”を
報じたメディア(週刊文春)とのバトルが勃発し、小室哲哉氏が”介護疲れで引退”との発表を
“偽証だ!”とするメディアとの”白熱戦”がスタートしたのです。

同年7月には”同メディア”から更に、”介護疲れは嘘だ!”と主張するためKEIKOさんの”親族”を
担ぎ出し、小室哲哉氏は”献身的な介護”は何も行っていないと”怒り”を感じていると伝え、
さらに”KEIKO”さんは順調に回復し、現在は普通に日常生活が送れるほどの”レベル”まで
戻っていることも伝えたのです。

すると今度は小室哲哉氏の”引退発言”で散々叩かれたメディア(週刊文春)側に観戦?する
同業者が増え始め、その後も夫婦間では”婚姻関係”が続いていたことからKEIKOさんの方から
“生活費”が要求されている事を明かし、それを機に小室氏側から”離婚”が切り出されていると
報じるメディアが登場したのです。

そのため両名の間に”弁護士”が仲買に入り”婚姻費用分担請求調停”と”夫婦関係調整調停”が
行われていると報じ、”離婚”を前提にした「費用調整(離婚調停)」の最中であり、いずれは
“離婚”が成立することを明らかにしたのです。

但し”離婚”を受けたKEIKOさんが”離婚”を認めない限り、今回決まる”生活費”を一生受け取る
“権利”が生じるので、KEIKOさんにとっては”お得な話”の様に思えるのですが、この件に関し
“便乗し始めた”他のメディアが地元”大分県”まで出向き取材したところ、渦中のKEIKOさんは
“復縁”する気が全くないことを直接ご本人から聞いたと伝え「離婚は時間の問題」である事を
伝えております。

そんな中、小室哲哉氏が”引退”を発表してからちょうど一年後の2019年1月に、KEIKOさんの
「公式ツイッター」と見られるSNSが”約一年一ヶ月”ぶりに更新され話題を呼びました。

引用元【ツイッター(Ks_tenki)】

このツイッターは数年の間”お休みなさい”コメントしか載せられず、”謎のツイッター”として
KEIKOさんファンから”不思議”に思われ、さらにその後”数年間”更新が途絶えていたので
消息が心配されていたのです。

しかし、その後”宣言”通り”定期的”に更新されるようなり「元気」であることを伝える
“コメント”を数多く載せております。

引用元【ツイッター(Ks_tenki)】

引用元【ツイッター(Ks_tenki)】

引用元【ツイッター(Ks_tenki)】

引用元【ツイッター(Ks_tenki)】

中には療養中、”歌う事はもうできない…”等と伝えられた事実が「嘘だった」ことを
明らかにするコメント「カラオケで歌いました」が二度も”ツイート”されており昔、二度と
KEIKOさんの歌声が聞けないと悲しんだ”ファン達”に「希望」を与えるコメントだ!として
多くのファンや関係者から歓迎された様です。

まだ”高次脳機能障害”があると伝えられているので”回復”はしたものの「全快」したとは
考え難く、本人も以前の様に「歌手として輝きたい!」とは思えないらしく”本腰”になるには
相当時間を要すると思うので、しばらくは”公の場”に立つことは難しいと思われますが
少なくとも「歌える事実 & 記憶障害があっても”歌詞”があれば歌える & SNSができる」
この「回復ぶり」をみると、また音楽活動に復帰し”ステージ”で素敵な歌声を聞ける日は
近いはずです。

“小室哲哉”氏との「関係」があるので、音楽ユニット”globe”の”再開”は期待しないものの、
“ソロ”での音楽活動”復活”を是非とも願っております。

そんな音楽活動復活を間近に向かえているKEIKOさんにスポットを当てて見ました。



   ◇◇◇ 記事の目次 ◇◇◇   

・ 中高大学は?
・ 実家がヤバい?
・ 歌えないは嘘!
・ 舞台転落デビューとは?
・ プロフィールのご紹介!



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◇ KEIKOさんの中高大学は?

KEIKOさんは1972年8月18日生まれの47歳(2019年)で、ご出身は「大分県臼杵市」です。

ご出身の”大分県臼杵市”にあるご自宅で、ご両親と姉の四人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に
有る学校に通うのが一般なので、KEIKOさんも(大分県臼杵市)内の小・中学校に通っていたと
推測できます。

最新の情報ではご入学された小学校は地元”大分県臼杵市”にある「臼杵市立臼杵小学校」と
伝えらえれております。

大分県臼杵市にあるご実家では”料亭”を営んでいるそうで”県内”きっての老舗「山田屋」で
あることは有名な話ですね。



引用元【インスタグラム(NAVERまとめ)】

そのため幼少期から”高級料理”が食卓に並ぶことが多かったそうです。

昔からご両親(特に父親)が大の”歌好き”であったらしく、その影響で二歳年上の”姉”と共に
幼い頃から”歌うこと”が大好きになったそうです。

幼少期の”KEIKO”さんの十八番は演歌歌手「松村和子」さんの”帰ってこいよ”であったらしく
料亭の”常連客”からリクエストがあれば、お座敷に上がって自慢の”演歌”を熱唱して客を
楽しませていたそうです。

幼い頃から「御捻り」を沢山もらっていたようですね。

そんな”歌好き”の小学生もご卒業を向かえ、同様に地元”大分県臼杵市”にある「臼杵市立
東中学校」に進まれました。

中学生になると”スポーツ”も興味を持ち出し”バスケットボール部”に入部してチームメイトと
“青春の汗”を流して体を鍛えつつ、大好きな”歌い手”を目指すため沢山のオークションに
参加していたそうです。

ところが、受けたオーディションは全て”不合格”の結果となり、やはり”音楽スクール”等の
“レッスン”を受けないと「審査が通らない!」ことを”シミジミ”感じていたそうです。

しかし、中学校当時に”交換日記”をしていた男子生徒がいたらしく、きっとオーディションで
失敗した時には”その彼”から励まされていたことでしょう。

ちなみに”この彼”とは中学二年生の時に、交際一周年?を記念して”キス”をしたそうですが、
KEIKOさんにとってはそれが自身初の「ファーストキス」となったようです。

そんな”甘~い”中学時代を終えると、高校も地元”大分県臼杵市”にある「大分県立臼杵商業
高等学校」の”商業科”にご入学されました。

当時は大分県内でも”歴史のある高校”として有名で、たくさんの”志望者”で活気のあった
商業高校であったらしいのですが”少子化”が進んだことで生徒が減り、2012年4月からは
地元にあった複数の高校と”統合”して「大分県立津久見高等学校」が誕生しました。

なので現在は”大分県立臼杵商業高等学校”は「閉校」となっており、KEIKOさんは”母校”を
一つ”失った”ことになります。



引用元【インスタグラム(NAVERまとめ)】

高校時代は非常に”優れた”生徒さんだったらしく、特に”英語力”に長けており英語検定三級を
取得したそうです。

さらに”商業科”のメインである「情報処理&簿記&経済&マーケティング」等を真面目に学び
「情報処理検定三級&簿記実務検定二級」等の”資格試験”に合格し、ビジネスに必要な知識を
身に着けていたそうです。

高校内では”真面目な生徒!”として見られていた様ですが、”校外”ではかなりの”イケイケ”で
週末になると”お姉さん”とその友達と大分市内のディスコに出向き遊んでいたそうです。

昔から”歌い手”に興味があったことから”文化祭”の時に音楽好きな友達を集め、当時人気が
“絶頂期”だった女性バンドグループ「PRINCESS PRINCESS」を真似たであろう「パリンセス
パリンセス」を結成して”ヴォーカル”を担当したそうです。

但しこのバンドは”期間限定”の様な活動しか行っておらず、本気でプロを目指して結成された
“バンド”ではありませんでした。

なので高校をご卒業後は”大学へ”進学”せずに、また”芸能界”の道へ進まず「就職」を選択し
大阪にある”ホテル・ニューオータニ”へ就職しホテル内にある”日本料理店”で働き始めました。

しかし”ホテル・ニューオータニ”には長く務めなかったようで、その後大阪”心斎橋”にある
「ブティック店(エルミタージュ)」へ転職したそうです。

当時”お店”ではかなりの人気であったらしく”後に”この頃(OL時代)が一番「モテていた!」と
語っておりました。

しかし自身の誕生日を向かえた時に”カラオケ”を歌う機会があったらしく”歌唱後”、自身が
昔から好きだった”歌い手”になることを思い出し「歌手になりたい!」と強く思ったそうです。

そこから「芸能界(歌手)の扉」に”足”を踏み入れたようです。

歌手人生を志した自身”22歳(1994年)”の時「小室哲哉」氏が主宰して行われていた新人女性
シンガーオーディション”EUROGROOVE NIGHT”に出演し、舞台裏にいた小室哲哉からの”審査”が
無いままステージへ上がり”熱唱”し、KEIKOさんの”ビジュアル”を見ずに「歌声」だけを聞き、
さらに「熱唱し過ぎた」KEIKOさんがステージから”転落”する”ハプニング”を起こしたことで
一挙に注目され、”魅力的”な歌声と”根性”のあるステージパフォーマンス?が気に入った様で、
見事”合格”を果たし「歌手」へ一歩近づきました。

歌手活動を本格化し始めた当初は”フランス”出身のミュージシャン「マーク・パンサー」氏と
音楽ユニット「Orange」を結成し、二人での”歌手デビュー”を予定して”楽曲”なども完成して
いたようですが、突然”小室哲哉”氏から「globeにしよう!」との”鶴の一言”で急遽”globe”が
結成されたそうです。

そして1995年8月に自身達初の”1st”シングル「Feel Like dance」をリリースして、
メジャーデビューを飾りました。




すると音楽ユニット”globe”は「初デビュー」にも関わらず1stシングル”Feel Like dance”は
オリコン”初登場”で「三位」を獲得し、華やかな音楽界デビューを飾りました。

すると瞬く間に”出す曲&出す曲”が大ヒットを記録し”短期間”での大ブレークを果たしました。

特に1996年1月にリリースした”4th”シングル「DEPARTURES」は売上枚数が230万枚の
「ダブルミリオン」を達成し、当時は”ミリオン”の言葉は”よく耳に”しておりましたが、
「ダブルミリオン」など聞いたことが無く、その枚数に驚かされたものです。




その後も”globe”は”飛躍”を見せて活躍し、2002年11月に”ヴォーカル”のKEIKOさんと
小室哲哉氏は”ご結婚”をされました。

すると”globe”での活動が鈍りだし、KEIKOさんが”表”に出る機会も減り始め”ユニット”の
人気も徐々に落ち始めて行きます。

その後、KEIKOさんは”作詞作り”に挑戦するようになり”ソロ活動”で行う時は歌手「KCO」と
名付けて活躍するようになって行きます。

また”globe”の活動がスタートしてから初となる”他バンド”への参加をし”ヴォーカル”を務め、
徐々に小室哲哉氏から離れ出して行きました。

すると、2008年に”ソロ活動”を本格化させるため個人だけで大手音楽事務所の”ユニバーサル
ミュージック”へ”電撃移籍”し、ソロシンガー「KCO」と命名して本格的に活動を始めました。

その頃から”小室哲哉”氏は「不幸な時期」に入ったのか?同年11月に個人投資家への著作権
売買の「詐欺容疑」で逮捕されました。

個人で音楽活動をスタートさせたKEIKOさんでしたが、いくら小室哲哉氏が”多額な借金”を
抱えていた事実を知っていたとは言え、さすがに「警察沙汰」になるような行為を行うとは
予想もしておらず、相当”ソロ活動”にも影響が出ていたはずです。

そのご苦労が積もり溜まったのか?ご自宅に居た際”クビ”の後ろに激痛を発症し、救急車で
病院へ”救急搬送”されると「くも膜下出血」であることが明らかとなりました。

ただ、早急に搬送され処置が行われたこと、更に症状も”初期状態”であったことから大事には
至らず、脳への影響(後遺症)なども確認されなかったことから、体調が良好になると退院し、
“通院”によるリハビリと自宅療養を行うようになりました。

その後は実家のある”大分県”に戻り、故郷でゆっくりと”実家療養”を送りながら生活し、
今に至っておりました。


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◇ KEIKOさんの実家がヤバい?

実は!KEIKOさんのご実家は大分県でも有数の老舗料亭「山田屋」を営んでおります。

“創業”などの詳しいことは分かりませんが大分県の特産品”河豚”を得意とした「ふぐ料亭」を
以前はKEIKOさんの”父親”が経営されていたそうです。

しかし2007年に”脳内出血”で享年63歳と言う若さで”お亡くなり”になり、現在は
二歳年上の”姉(山田文恵さん)”と”母親(山田喜美代さん)”とで経営を続けているそうです。

以前はネット界で、ご実家”山田屋”の「佇まい」が写し出された”写真”を見たファン達から
“KEIKOさんの実家は旅館では!”などの”噂”が万延しておりましたが、現在では正体が
明るみに出ており、大分県臼杵市にある老舗料亭「山田屋」であることは”globe”ファンなら
誰もが知る”有名”な話ですね!

なので幼少期の頃から、食卓には”高級料理”が並ぶことがあったらしく二歳年上の”姉”と
美味しい料理を食べながら育ったようです。

そのため、姉の”山田文恵”さんは”舌が肥えている”こともあってか?現在は”山田屋”の
支店である東京都港区西麻布に店を構える「臼杵ふぐ山田屋」で経営をなさっているそうです。

このお店は”ミシュラン”で「三ツ星」が与えられている”高級店”として有名の様です。



引用元【サイト(comolib.com)】

こちら↑はお店のスタッフの皆さんの様ですが「着物姿」の女性がお姉さんなのでしょうか?

さらに”支店”は、地元「大分県」にもう一店舗、東京「丸の内」にも一店舗の合計四店舗を
経営されているそうで、

そのため、相当な「金持ち」であることは間違いないでしょう!

私も一回で良いから、どこかの店舗で”ご馳走”になりたいものですね・・・。


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◇ KEIKOさんは歌えないは嘘!

KEIKOさんは2011年10月に”難病”の「くも膜下出血」で倒れ、その後”回復”に向かって
おりますが以前、難病を患って”もう歌が歌えない!”等と伝えられファン達から悲しみの声が
多数寄せられたことがありました。

その”悲惨な状態”の情報元となったのが、同じ”globe”内で活動していた”フランス”出身の
ミュージシャン「マーク・パンサー」氏で、彼の”一言”で大きな「波紋」を呼びました↓↓↓

唯一残念かもしれないのは、新曲が歌えないこと。現在記憶がないから新曲が歌えない。でも、それも俺は絶対治るとは思うし。自然のままいくべきなんじゃないのかなというふうに思っていて、そうTKにも話して、そう妻にも話して、そうKEIKOと会うときにも話しているんですよ。

※ 引用元【サイト(logmi)】


取材に対して「新曲が歌えないこと」等と語ったことから一気に”KEIKO!もう歌えない説”が
広がり、ファン達から”心配”される声が多数寄せられたのです。

しかし「くも膜下出血」で倒れ当時は、症状が”初期状態”であったことや早期に治療を
行えたことが幸いし、脳への後遺症(高次脳機能障害など)等は特に心配する必要が無い!と
伝えられ、ファン達や関係者から”安堵”されておりました。

その後は大分県にある自宅へ戻り、家族と一緒に”静養”を取っていたので、症状はさらに
「改善」されたはずです。

そして、2019年1月にKEIKOさんの”公式ツイッター”と見られるSNSが約”一年一ヶ月”ぶりに
更新され、ファン達に”存在”をアピールし安心させて話題になっておりました。

またその後もツイートは続き、同年3月3日のツイートでは↓↓↓


引用元【ツイッター(Ks_tenki)】

なんと!もう”歌えない”と言われていたKEIKOさんがカラオケ店に行って「たくさん
歌いました。」のご報告!しかもコメントの最後には「♪」のマークまで掲載!

たぶんツイートした日が”3月3日”なので、姪っ子さんと”雛祭り”をお祝いしてカラオケ店に
一緒に行き”歌いまくった!”のではないでしょうか?

さらに”五日後”の3月8日にもカラオケ店に出向いた様子がご報告されております↓↓↓


引用元【ツイッター(Ks_tenki)】

これだけ”歌っている証拠”があるのですから「歌えない!」等とは言わせません♪

もし”記憶障害”で歌詞が覚えられないのなら”歌詞”を見ながら歌えばいいし!今は
耳に付ける”イヤフォン”はワイヤレス化され、お馴染み?「歌詞カンニング」が
出来る時代ですから、あらゆる”機器や方法”を使えば歌えるはずです。

私達ファンは”KEIKO”さんの歌声をまた聞きたいだけなのですよね!!

そのためなら”globe”である必要が無いし”ソロ”でも良いから「歌の世界」に戻って来て
欲しいものですよね!

一日でも早い「復帰」を期待しております。


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◇ KEIKOさんの舞台転落デビューとは?

この話はあまりにも”伝説的”で有名な出来事なので、globeファンやKEIKOさんファンなら
誰もが知るエピソードなのですが、KEIKOさんは舞台(ステージ)から大きく転落したことが
あるのです。

それは自身が本格的に”歌手”として活動する前の出来事で、学生時代から”不合格”が続いた
“歌手志望”のオーディションでしたが唯一”合格”を果たしたことがあり、それがglobe結成の
きっかけとなった新人発掘のオーディション「EUROGROOVE NIGHT」でした。

このオーディションは小室哲哉氏が”主宰”して行われていた小規模のイベントで、小室氏が
審査員も務めておりました。

しかしKEIKOさんのパフォーマンスの時、小室氏は”楽屋裏”に居たそうで”目の前”で審査を
行っていなかったらしいのです。

するとKEIKOさんの熱唱(歌声)だけが耳に入り、さらにあまりの熱唱で「己を忘れた」のか?
突如ステージから転落して姿を消し観客もザワつき始めた事から急いで会場に戻ったそうです。

周りの証言では相当”派手”に転落した様なのですが、何事も無かったようにステージに戻り
歌い続けたそうです。

小室氏は、その強い”メンタル”と優れた”歌唱力”に魅かれて”合格”を与えたそうです。

もちろん当時の音楽プロデューサー「小室哲哉」氏の”音楽性”や望んでいた”スタイル”と、
KEIKOさん歌声やパフォーマンスが”マッチ”したことが大きく、小室氏が僅かに描いていた
新ユニットの”イメージ”に近づいたことがKEIKOさんの合格につながった!のでしょうけど。

故に”globe”はKEIKOさんの「転落」があったからこそ誕生(デビュー)し、下から登り詰めた
ことで「伝説の音楽ユニット」に成った!と言えると思います。


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◇ KEIKOさんのプロフィール

本名
山田 桂子
読み
やまだ けいこ
生年月日
1972年8月18日
仕事
歌手
出身地
大分県臼杵市
所属事務所
エイベックス・ヴァンガード(2019年)
血液型
A型