日本の「女子3人組アイドル」の元祖と言える1970年代に活躍していたアイドルグループ
「キャンディーズ」の一員「伊藤蘭」さんが日本テレビ系列で放送されているトークバラエティ番組
「行列のできる法律相談所」へ出演が決まり話題になっています。


引用【サイト(TRYSOME)】

「伊藤蘭」さんは2019年6月中旬より「あれから41年…奇跡のソロ・デビュー・コンサート」と
題して、TOKYO DOME CITY HELLや大阪NHKホールでのコンサートを控えており、その「告知」での
番組出演だと思われます。

既に大阪NHKホールでのコンサートチケットは「完売」しており、参加したいなら「東京公演」の
チケットのみ購入できるようです。

今でも人気が絶えていないことを証明していますよね!

キャンディーズや「伊藤蘭」さんファンのために少し勉強してみたいと思います。

 

 

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◇ おい立ちはやキャンディーズとの関係は?

 

昔、とあるトーク番組で語っていたのですが幼い頃は「恥ずかしがり屋」で人前にでるのが苦手な
「内気」な少女だったそうで、小学生の頃は「口数」が少なく親に心配されていたそうです。

しかし中学生に成ると「演劇部」に入部し、それがきっかけとなって「内気」な性格から
「活発的な女性」へと変貌して部内でも一際目立つ存在へと変わっていったそうです。

自身「14歳」の時、当時では珍しかった音楽を専門としていた「有限会社東京音楽学院」に入学し、
自身の憧れでもあったスクールメイツ(音楽院が設立したグループ)の一員に抜擢され、芸能界への
「道」が開けたそうです。

驚いたことにメンバーの同期生には、以後一緒に活躍する「田中好子」さんも居たそうで、
そこから既に「2人の運命的出会い」がなされていたのですね!

ちなみに「有限会社東京音楽学院」は今でも音楽に関する専門的レッスン(声楽・楽器類)などを
行っていますが「レッスン料が高い」のでも有名ですよね!

私も子供を入学させたいと思いましたがレッスン料の高さで諦めさせました。

そして超人気アイドルグループ「キャンディーズ」結成の発端となったNHKで放送されていた
音楽番組「歌謡グランドショー」のマスコットガールの一員に選ばれて活躍し始めました。

その「マスコットガール」の中に音楽学院からの親友であった「田中好子」さんと
「藤村美樹」さんが居て、番組での「活動ぶり」「可愛さ」が番組プロデューサーの目に
留まったらしく「食べてしまいたい程可愛い」との思いで「キャンディーズ」と命名され、
「3人組アイドルグループ」としての活動がスタートしたそうです。

「キャンディーズ」として活動をスタートさせ「知名度」も広がりファンの間でも「あだ名」が
付けられるようになって

伊藤蘭さん  ⇒ らんちゃん
田中好子さん ⇒ スーちゃん
藤村美樹さん ⇒ ミキちゃん

可愛い愛称で呼ばれるほどの人気者となって「キャンディーズ」で初となる「歌手デビュー」を
果たすこととなります。

歌手としての活動は1973年に「あなたに夢中」の楽曲でデビューし、田中好子さん
(スーちゃん)がメインボーカルを務めながら世に「キャンディーズ」の存在を広めて行きました。

「キャンディーズ」の人気が高ぶる中、1975年2月にリリースされた5曲目のシングル
「年下の男の子」が見事大ヒットとなり、オリコンチャートでは自身ら初となるトップ10に入り
さらにこの曲を引っさげNHK紅白歌合戦に「歌手として初出演」も果たしました。

実はこの曲「伊藤蘭さん」さんをイメージに作られた楽曲だったそうで、その頃から
メインボーカルは「らんちゃん」が担当するようになったそうです。

確かに「年下の男の子」のセンターは「らんちゃん」でしたね!


引用【サイト(FANDOM)】

 

 

 

◇ キャンディーズ解散秘話とは?

 

その後、売れに売れまくった「キャンディーズ」でしたが1977年7月(デビューから約5年)
東京都千代田区の公園内にある「日比谷野外音楽堂」で行われたコンサートの最中突然、アイドル
グループ「キャンディーズ」の解散を発表し、会場に居たファンからドヨメキ、各メディアから
驚きの声が上がりました。

私もコンサートに居たので、今でもあの当時の突然の解散宣言には驚きと戸惑いを感じたことを
新鮮に覚えています。

コンサートの最後付近に「らんちゃん」が放った言葉「普通の女の子に戻りたい」が非常に印象的で
確か「流行語」にも選ばれたと記憶しています。

あまりにも突然の「キャンディーズ」解散宣言だったので当時、解散理由について様々な憶測が
されていましたが、実は正確な解散理由は「キャンディーズ」結成時既に「3年」で解散すると
決めていたらしいのです。

後の彼女達からの話で分かったのですが、一番年下の「田中好子」さんが成人を迎える3年後に
「大人になる」との意味でアイドル卒業をすると決めていたらしく、多分「大人の事情?」で
正確には5年近く活動をしたと思いますが、現にプロダクションとの契約も3年間だったそうで
それが何よりの「証拠」ですよね!

それに「業界側」からしても当時、アイドルとしての寿命は「20歳」までが限界と線引きされて
いたらしく、今では考えられませんが20歳を超えると事務所側も活動内容の変更、あるいは
引退を迫っていたらしいです。

さらに元々伊藤蘭さんは中学時代、「内気」な自分を変貌させてくれた「演劇部」の存在が大きく
アイドルグループ活動中でも忘れ去ることができず、常に「女優」を憧れていたそうです。

また他のメンバーも、当時としては異例のアイドルファンの急増と熱気ぶりでメッチャ忙しく
「普通の女の子」になりたい気持ちを常に抱いていたと後に語っています。


引用【サイト(フォト蔵)】

 

 

 

◇ 娘さんは?

 

伊藤蘭さんは1989年1月に俳優の「水谷豊」氏と結婚し、2人の間には一人の娘さんが居ます。

「水谷豊」氏とは日本テレビ系列で放送されていたテレビドラマ「あんちゃん」で共演したことが
きっかけで「交際」をスタートさせたそうです。

「水谷豊」氏は昔から「キャンディーズ」の大ファンで、らんちゃんとの共演が決まった時は
「宙に舞うくらい」の嬉しさだったそうです。

その勢いは留まることなく、公にはあまり出ない「水谷豊」氏でしたが「らんちゃん」との
共演なら…と、雑誌などで登場し世間を驚かせていました。


引用【サイト(Muuseo)】

当時「ハワイ」での挙式の模様がテレビから散々流され、それに憧れる女性達がたくさんいて
ハワイで結婚カップルが急増したことを今でも記憶しております。

結婚後1人の子供を授かり、1990年に生まれてきたのが娘の「趣里(しゅり)」さんです。


引用【サイト(ザ・テレビジョン)】

現在は「女優」として活動しておりますが、「お似合いカップル」の夫婦の娘として若い頃から
注目されていたらしく、親と同じ芸能界の道を歩むのか?と関係者の間で噂されていたそうです。

小さい頃は「クラシックバレー」を行っていたらしく「バレリーナ」になることを夢見、
毎日練習に励んでいたそうです。

初舞台に上がったのが「6歳」の頃らしく自身が憧れてた作品「くるみ割り人形」での主役に
抜擢され「クララ」役を演じ、バレーの「面白さ」に気づいたのか、その頃から本格的に
バレーに「のめりこんで」いったそうです

高校生の時にはバレーの本場「イギリス」へ渡り、本場の練習を体験すると共にバレーに対する
思いも一段と強くなり、夢中でバレーに取り組んでいたそうです。

しかしそれが裏目になったのか?バレーの命でもある「足」のアキレス腱を痛め、それが原因で
「バレーでの活躍が難しい」と担当していた医師から告げられ、それでも「バレリーナ」を
諦めることができずリハビリを行いながら復帰を目指していたそうですが、やはり思うように
動けず、バレーに対する向上心を失い断念することに至ったそうです。

その後、定職にはつかずアルバイトなどで生活を続けていたようですが、バレーで培った
「表現したい気持ち」は耐えることなく持ち続けていたらしく、興味を持った演技学校へ
入学すると、元々親から授かった演技者としての「DNA」に目覚めたのか?「表現者としての
面白さ」に気づき、そこから本格的に女優を目指し始めたそうです。

子供の頃から「親の姿」つまり「忙しさ・難しさ・大変さ」など知っていただけに「女優」として
活動するのには「相当な覚悟」が必要だと分っていたが、演技学校で指導してくれてた
「塩屋俊」氏の強い進めで女優になることを決めたそうです。

「塩屋俊」氏も名俳優「水谷豊」氏と個性派女優「伊藤蘭」さんの娘さんであることは当然
知っていたと思うし、演技者としての「DNA]に期待を込めていたと思うので、それも強く
進めた要因なのかも知れませんね。

初の女優としてのデビュー作は「3年B組 金八先生ファイナル~ 最後に贈る言葉」で
当時私も拝見していましたが「初出演」とは思えぬ堂々とした役を演じ「金八先生」の
レギュラーではないか?と思わせるほどドラマに馴染んでおりました。

その後も数々のテレビドラマ・映画に出演し親に勝らぬ「個性派」的な女優色をかもちだし
出演する作品の人気に一役かっています。

私は「趣里」さんのイメージで一番大きいのが、以前TBS系列で放送された医療ドラマ
「ブラックペアン」に女医役として出演されてたことで、実は私このドラマで初めて
「趣里」さんの存在を知ったためです。。

多分、以前からテレビドラマや映画では見かけたことがあるとは思いますが、女優の
「趣里」さんとは知らずにおりました。

それにドラマで演じていた女医役の「趣里」さんからは名俳優の「水谷豊」氏のイメージもせず
個性派女優「伊藤蘭」さんの「匂い」も感じず、まさか二人のお子さんだとは夢にも
思っておりませんでした。

しかし、ドラマで演じていた女医(猫田麻里)役の「趣里」さんの演技はまさにクール!
非常に興味を持ち「この女優さんは誰だ?」と思い調べて見て初めて二人のお子さんだと
知ったのです。

子供時代からよく、母親(欄さん)に似ていると言われていたそうですが今のお顔立ちからは
「らんちゃん」のイメージはしないと私は思います。


引用【サイト(シェアチューブ)】

むしろ超個性的!年齢を重ねて「大人」の顔立ちに育ったのでしょうか?
この医療系ドラマでは本当に素晴らしいクールな女医さんを演じていましたよね!

そう言えば以前、母親の「らんちゃん」も朝日テレビ系列で放送されていた医療ドラマで
女医役を演じていましたね。

いずれ親子揃っての「医療系ドラマ」が生まれるかも・・・そこに父親(水谷豊)氏が医師役で
登場したら完璧ですね!

そんな「趣里」さんも今では「最優秀主演女優賞」だとか「アカデミー賞新人俳優賞」などに
選ばれる名女優さんとなり、さらなる今後の活躍が期待されますね!!

 

 

 

◇ 韓国との関係?

 

以前「らんちゃん」は韓国人では?等と噂されたことがありましたが、それらは一切「デマ」です。

ではなぜ?そのような噂が流れたかと言うと一説には、韓国の女優で日本のオバサマ達から大人気
韓国ドラマ「冬のソナタ」のヒロインだった「チェ・ジウ」さんに、とても似ていることから
そのような「デマ」が流されたようです。


引用【サイト(WoW!Korea)】

似ているかな?

また韓国人の名前の「姓」で、一番多いのが「金」だそうですが上位の中に「尹(読みユン)」の
文字があり、これが伊藤の「伊」に似ていることから韓国の方?のイメージがあるようです。

苗字が「伊藤」と言えば男女問わず日本では一般的なものですよね。なのになぜ??

また親が「在日韓国人」ではないか?等と噂されて、それを根拠に韓国人説が生まれたとも
聞いたことがあります。

でもそれらは一切「デマ」で「らんちゃん」は歴とした純日本人です。ご安心ください♪♪

 

 

 

■ 伊藤蘭プロフィール

本名
水谷 蘭
読み
みずたに らん
生年月日
1955年1月13日
仕事
女優・歌手
出身地
東京都武蔵野市
所属事務所
トライサム
血液型
O型

 

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