“恋愛禁止”アイドルグループAKB48の元メンバーで「モッちぃ」の愛称で親しまれていた「倉持明日香」さんに【ついに!】”熱愛”報道が伝えられました。

お相手は【なんと!】2019年10月に世界を巻き込んで話題を呼んだ”ラグビー”日本代表の「稲垣啓太」選手とのことです。



引用元【インスタグラム(ayanashuize2018)】

前大会のラグビー・ワールドカップ・イングランド2015で、”南アフリカ”から「大金星を勝ち取り」日本国内では”興奮”冷めない「ラグビーブーム」の最中!行われたワールドカップ日本2019戦。

その”桜勇者”の主力メンバーとして活躍した”笑わない男”「稲垣啓太」選手と【なんと!】「恋に落ちていたお相手」が、元AKB48の”チームB”でご活躍された「倉持明日香」さんとのことです。

メディア報道によれば「馴れ初め」は以下と伝えております↓↓↓

 複数の関係者によると、スポーツキャスターとして活動する倉持が数年前にラグビーを取材し、共通の知人選手から紹介されて稲垣と出会った。プロ野球やプロレスなどスポーツに詳しい倉持は、知り合う以前から稲垣のファンだったという。当初は友人として複数の仲間と食事を楽しむ仲だったが、稲垣の優しい人柄やラグビーに対するひたむきな姿にひかれ、今年の夏前からさわやか交際に発展した。】

※ 引用元【サイト(サンスポ)


報道によれば、倉持明日香さんの方から稲垣啓太選手に”アプローチ”をかけたと伝えております。

確かに稲垣啓太選手と言えば”笑わない男”として有名であり「奥手のイメージ」がある分!自身から”元アイドル”に声をかけたとは・・・誰も予想する方はいなかったことでしょう。

なので、ある意味では!”相手”から「アプローチがあったことは最大限のチャンスを迎えた」と言っても過言ではないことでしょう。

稲垣啓太選手は今回の大会で、ラグビー人生において「代表戦での初トライ」を飾りチームの勝利に大きく貢献したのですが、今から思えば!その「原動力になったのは彼女の存在」が大きかったはずです。

【さらに!】その”記念”すべき試合(スコットランド戦)で、関係者しか”入席”できない「特別に設けられていた関係者席」に【なんと!】倉持明日香さんを”招待”していたらしいのです。

そこまでして臨んだ試合であっただけに!通常”プロップ”のポジションでは、ほとんどあり得ない”奇跡のトライ”を決めたのですから【まさに!】「女神へのプレゼント」につながったに!違いありません。

一方の!倉持明日香さんは、AKB時代から”優しい先輩”として後輩達から親しまれていた「安定感のある主力メンバー」であり【しかも!】父親が”元プロ野球選手”でもあったことから、常に注目の存在として人気が高いアイドルでした。

・・・とは言っても”競争力の激しいアイドルグループ”でもあったことから「負け嫌いの頑張り屋な性格」でもあり【さらに!】父親が”スポーツ選手”でもあったことから、幼い頃から”運動”に触れる機会が多く、精神的にも”勝負師”の一面も兼ね備えたアイドルでした。

その”実績”が買われて、2014年度からはAKB48内で結成されていたグループの”チームB”で「キャプテン」に抜擢され、それと同時に!当時AKBの”ライバル”として結成されていたアイドルグループ”乃木坂46”の「生駒里奈」さんが、秋元グループ内の”組閣編成”でAKBのチームBに「兼任」することが発表されて、大きな注目と期待を受けながらのキャプテン任命を受けたのです。

そんな「否応なしに注目が集まる」中で、見事にグループ(チームB)を束ねて、ファンや周りの関係者の”期待”を裏切らない活躍を見せて、チームBの”顔”としてAKBファン!特に「チームBのファンたち」から、大きく親しまれる存在へと成長されて行きます。

しかし、惜しまれつつも!AKB48内から”ご卒業”をされて、その後は”恋愛禁止”が「解禁」されたお陰もあってか?この度、日本を代表する”ラガーマン”の「ハート」を支柱に収めたご様子です。

よくよく考えてみると!倉持明日香さんは中学時代から大の”プロレスファン”であることは、AKBに現役の時代から有名な話であり、稲垣啓太選手は「ラガーマン」ではあるモノの、その”スタイル”や”風貌”【さらに!】卓越した”肉体的”は【まさに!】”プロレスラー”と呼ばれても、何ら遜色がない体つきをされているので、その部分を含めて「恋に落ちた」のでしょうか?

そんな、令和注目度No1の”ラガーマン”を仕留めた!倉持明日香さんを紐解いて行きます。



   ◇◇◇ 記事の目次 ◇◇◇   

・ 小中高校
・ 倉持明とは?
・ 大のプロレス好き?
・ AKB48時代とは?
・ 経歴や実績[年代順]
・ プロフィール



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◇ 小中高校


倉持明日香さんは1989年9月11日生まれの30歳(2019年)で、ご出身は「神奈川県横浜市」です。

ご出身の”神奈川県横浜市”にあるご自宅で、ご両親と兄二人の五人家族で生活していたようです。

小学生時代の情報が少ないので詳しくは分かりませんが、基本的に”義務教育”はご自宅近辺に有る学校に通うのが一般なので、倉持明日香さんも(神奈川県横浜市)内の小学校・中学校に通っていたと”推測”できます。

最新の情報では”中学校”は地元の横浜市にある”横浜英和女学院中学校”にご入学されたと判明しております。

ご家族は”ご両親”と”兄二人”がいて、長男は11歳年上・次男は9歳年上のようです。

そして父親はプロ野球球団の現”ヤクルトスワローズ”や”ロッテマリーンズ”でご活躍された、元プロ野球選手の「倉持明」氏であることが有名ですよね!



引用元【インスタグラム(srv250indian)】

なので幼少期から兄を含め、”スポーツ”の英才教育を受けていたらしく将来は”野球選手”か”ゴルファー”になれる様にとトレーニングを行っていたそうです。

ただ、母親が娘(倉持明日香さん)に限っては”日焼け”させるのを嫌い、”野外スポーツ”をさせることには”反対”していたそうです。

なので小学時代からスポーツ好きで”活発”な少女であった為、お風呂に入ることを其方退けで体を動かしていたそうです。

また当時、若い世代に”大ブーム”を起こしていた超人気アイドルグループ”SPEED”の大ファンでもあったらしく、その影響で”芸能界”へ興味を抱いていたそうです。


引用元【ツイッター(倉持明日香 )】

”活発”な少女も小学校を終えると中学校は地元の横浜市にある”横浜英和女学院中学校”にご入学されました。(現:青山学院横浜英和中学高等学校)

この中学校は”系列高校”と「一貫校」であるため、高校進学は”内部審査”のみでエスカレータ式で
進むことができます。

また、現在では”箱根駅伝常連校”の「青山学院大学」とも”提携”したことで、さらに教育の範囲を広め、総合”レベル”がアップしている「学院」の一つの様です。

中・高校の課程は”全日制”の「男女共学」で”キリスト教系”の学校です。

なので”朝礼”では「礼拝」を行い、更に”週”に一度「聖書」の授業があるそうです。

中学時代も”スポーツ”を盛んに行っていたそうで、”ソフトテニス部”に入部していたそうです。

一方で、この頃から”格闘技”にも興味を持ち始め地元開催のプロレス観戦も行い始めたとか?

また小学時代同様に”芸能界”への憧れもあったことから”歌やダンス”の練習も行い、様々な”オーディション”に挑戦して”力試し”も行っていた様です。

当時から”友達”の耳(耳たぶ)を触るのが大好きで、後にご活躍されるAKBでもその”癖”が話題を呼ぶことになるとは・・・!

さらに男性の”髭”が好き!とちょっと変わった”一面”も持っていたようです。

そんな”スポーツ少女”なのに【実は!】かなりの”おデブ”さんであったらしく当時のあだ名は「肉まん」と呼ばれていたそうな・・・?



引用元【サイト(NAVERまとめ)】

相変わらずの”スポーツ少女”も中学時代を終えると、高校も同校系列校の”横浜英和女学院
高校”に「エスカレーター式」で進まれました。(現:青山学院英和高校)

上でご紹介した通り、この高校は”中高一貫校”のため”一般入試”がなく”外部”からの新入生は「募集」されておりません。

高校時代になると理由は分かりませんが”歯科衛生士”に興味を持ち始めて、中学時代から行ってきた”オーディション巡り?”から一度離れて勉学に”勤しむ”ようになります。

但しこの時期も”プロレスファン”は続けていたことから当時、大人気を誇っていたプロレスラー「小橋建太」選手の大ファンで、試合中継がある度にテレビに”釘付け”となっていたそうです。



引用元【インスタグラム(kenta.kobashi)】

そんな姿を見ていた母親は、倉持明日香さんの将来を”心配”していたとか・・・?

その後、高校三年生になり!卒業シーズンが近づいたことから「進路指導」が始まり”進学”か?”就職”か?を選択する事となります。

すると”歯科衛生士”を志望していたので”進学”を選択すると思いきや!幼少期の頃から憧れていた「芸能界」へ再度!目指すことに決めて、大胆にも「テレビ人になること」を希望されました。

【実は!】この頃、父親の元プロ野球選手であった「倉持明」氏がスポーツ番組!取り合わけ「プロ野球の解説」を担当することが多かったことから「テレビ業界とのつながりがあった」ことも影響されて、自身も業界人(メディア関係者)になりたい!と考えていたご様子です。

そして、同年(2007年)5月に開催されたAKB48の”第4期生”オーディションに参加し、応募総数が約一万名の中から見事!”合格”を果たし、念願であった”テレビ人”になれるチャンスを手に入れます。

ちなみに、この時の”合格者”を見ると!メジャーな部分では「大家志津香」さん「佐伯美香」さん「佐藤亜美菜」さん「出口陽」さん「中西優香」さん「成瀬理沙」さん「藤江れいな」さん…などの、後に大きく”活躍”するメンバーが多数!含まれておりました。

逆に驚いたのが!”不合格者”の中には、後に”みなるん”の愛称で大活躍する「大場美奈」さんや、「鈴木まりや」さん「惣田紗莉渚」さんなどが”失格”されて居たのです。

その後AKBの活動が始まると毎日”ダンスやヴォイス”のレッスンが本格化し始め、高校卒業後の”進路”は「アイドル」に絞られて行きました。

【ところが!】通っていた高校は「キリスト系の学校」であったことから!その後の「芸能活動に好意的ではなかった」ことが大きな弊害(理由)となり、”在学”することが厳しくなって行きます。

なので、仕方なく高校三年生の”中頃”に都内にある高校へと「転校」する事となりました。

“転校先”した学校は分かっておりませんが、”転校前”の高校で担任を受け持っていた先生から転校する際に”手書き”で書かれた「卒業証書」をプレゼントされたらしく、その事が今でも「大切な思い出」として心に刻まれているそうです。

その後、転校した高校も無事にご卒業され、大学には”進学せず”にAKB48の活動に”慢心”する様になって行きます。

高校を卒業する2008年3月に、第四期”研究生”から「昇格」を果たし当時のチームKへと”配属”が決まります。

秋葉原で行われていた”AKB劇場”での活動を熟しながら、翌年(2009年)に行われたAKBでお馴染の”選抜総選挙”で見事!21位を獲得して自身初の”シングル選抜”に選ばれます。

この時の楽曲はAKB48シングル”13th”となった「言い訳Maybe」です。


引用元【ツイッター(北山 シロ )】

また、同年8月に開催されたコンサートイベントでAKBのコンサートでお馴染み”組閣”が行われ、所属していた”チームK”から「チームA」へ”異動”することが告げられました。

しかし実際にチームA”デビュー”を果たすのは翌年(2010年)7月からであったので、それまでチームKのメンバーとして活動されておりました。

そして2010年6月に行われたお馴染み”選抜総選挙”で見事!23位を獲得し、その当時から順位毎に”一纏まり”に区切られたスタイルの”アンダーガールズ”入りを果たします。

その時の楽曲はAKB48が世に広まるきっかけとなった超有名曲のシングル”14th”となった「ヘビーローテーション」です。


引用元【ツイッター(ゆきぱる@AKB )】

同年からスタートしたテレビ東京系列で放送されたAKBメンバー出演の連続テレビドラマ”マジすか学園”に出演し、自身初の「女優デビュー」を飾りました。


引用元【ツイッター(?? unz?? )】

その後もメインであるAKB48の”主力メンバー”として活躍し、さらにバラエティー番組や情報番組にも出演するようになり”知名度”&”人気”を博して行きます。

また昔から大好きだった”スポーツ”に関連した仕事のオファーも増え始め、”BS朝日”や”スカパー”などのスポーツ専門番組への出演も果たしおります。



引用元【サイト(YouTube)】

その後、現役生活(AKB)も8年が経つとアイドルとしての”人気”に限りが見え始めて、”個人”的な仕事も増えていたことから、2015年8月のAKB48劇場公演を終えた後に”ご卒業”をされました。

ご卒業後は精力的に”スポーツキャスタ”等でご活躍し、さらに最近ではバラエティー番組への出演などを熟しながら今に至っております。


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◇ 倉持明とは?


“倉持明”氏とは1972年にプロ野球”ドラフト会議”で「ロッテオリオンズ」から4位で指名を受け、そのままプロ野球界に入り活躍された元選手です。



引用元【インスタグラム(tetsuya_kojima26)】

そして何を隠そう!この方、元AKB48のチームBでキャプテンを務めた経験のある「倉持明日香」さんの御父上なのです。

AKBファンや個人ファンなら誰もが知っている”あるある”ネタですよね!

現在はご出身の千葉ロッテマリーンズの特別コーチを務めたり、プロ野球番組で”解説”を行ったりして活動されているようです。

現役代は”右投右打”の「投手」としてご活躍されておりました。

ご出身高校は地元の横浜市にある”横浜第一商業高等学校”で、当時から”エース”として注目されていたものの神奈川県大会での優勝がなく、なので甲子園出場経験もなかったそうです。

しかし個人の能力が買われて1970年の”ドラフト会議”で、同球団から”指名”を受けてプロ野球界の道に進まれました。

入団からしばらくの間は”クローザー”として活躍し、試合終盤”ピンチ”になると出場の場面が訪れ、どんな悪い”カウント”からも見事に!抑えていたことから”炎のストッパ”と呼ばれていたそうです。

その後1983年に現”ヤクルトスワローズ”に所属していた内野手で同投手の「西井哲夫」氏との交換トレードが行われ、”ヤクルトスワローズ”に移籍されました。

しかし同球団では思ったように”成績”が収められず、シーズン後に同球団から”戦力外”を通達され、そのままプロ野球界を「引退」されました。

引退後は”製薬会社”の営業やテレビ東京系列のスポーツ番組なので”解説”を務めたり、さらに娘(明日香さん)が”AKB48″をご卒業された年(2015年)から保険代理店を経営されたりと「個人事業」で生計を立てながら生活されていたそうです。

現在は”公の場”で見かけることがなくなりましたが、御年”70歳”近いので”老後の生活”を楽しんでいるのではないでしょうか?

“息子”さんが二人いますので(明日香さんから見て両兄)、息子ファミリーと一緒に”密かな”生活をされていると思われます。


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◇ 大のプロレス好き?


倉持明日香さんは中学時代から”プロレス”が「メッチャ好き」で当時、毎年1月4日から”東京ドーム”で行われていた”新日本プロレス”のイベントへ参加していたらしいです。

また、その時に”新日本プロレス”の「顔」として人気を誇っていた「小橋建太」選手の”大ファン”で、試合が放送されるテレビに”釘付け”となっていたそうです。



引用元【インスタグラム(kenta.kobashi)】

なので、2013年5月に小橋建太選手が”現役”を「引退」した際は号泣したそうです。

【ところが!】それが”きっかけ”となり、その後両名共に”親交”を持つようになり二人で一緒の”ツーショット写真”などを明日香さんの公式SNS(ツイッター)に掲載されております。


引用元【ツイッター(倉持明日香 )】


引用元【ツイッター(倉持明日香 )】

そのツイッターを見たファン達からは「ホント幸せそうな顔してますね!、お似合いのカップル、小橋さんの左手の親指が遠慮がちでカワユイ、にやにやしてしまうの分かる気がする、小橋のがニヤニヤしてる(笑)」等と、それほど苦情的な内容のものはなかったようです(笑;)。

ご卒業されてからも”プロレスファン”であるか?どうか?は分かりませんが、今の全日本プロレスは当時から相当”様変わり”しており、沢山の”若手”が育っていますから応援したいレスラーが多くなっているはずです。

今回のご結婚を機に”笑わない男”「稲垣啓太」選手とプロレスごっこをするのでしょうか?


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◇ AKB48時代とは?


倉持明日香さんは、2007年5月に行われたAKB48の”第4期生”オーディションに参加して、見事!応募総数約10,000万人の中から”合格”を果たし、念願の”芸能界”入りを果たしました。

ちなみにこの時の合格者を見ると、メジャーな部分で「大家志津香さん、佐伯美香さん、佐藤亜美菜さん、出口陽さん、中西優香さん、成瀬理沙さん、藤江れいなさん」等がおります。



引用元【インスタグラム(ooyachaaan1228)】

そしてAKB48に入って初めて”組閣(昇格)”されたチームが「チームK」でした。

なので私の中では今でもチーム”K”か”A”のイメージが強いのですが最終的にはチーム”B”のキャプテンを務め”締めくくって”おります。

つまりAKB48でご活躍され、卒業したメンバー内でも”チーム”を渡り歩いた珍しいメンバーの一人だと思います。

まずあり得ませんが、チーム”4”と”8”にまで異動が及べば「パーフェクト」でしたね(笑;)!

2007年にAKB48の”6th”のシングル”夕陽を見ているか?”で自身初の”選抜入り”を果たしました。

このシングルはAKBがリリースしたシングル曲の中でも「最も売れなかった曲」として有名ですね!


引用元【ツイッター(AKB歌詞台詞 )】

秋葉原”AKB劇場”で2008年5月から始まったチームK公演”最終ベルが鳴る”で自身初の「劇場デビュー」を飾りました。

この公演はファン達の間で非常に人気が高く後に、他の”姉妹グループ”公演でも使われ続けて行くようになります。

また担当したユニット曲は”ごめんね ジュエル”で、AKB内でも人気が高かった「増田有華さん、大島優子さん、宮澤佐伯さん」の四人編成での出演でした。

そして翌年の2009年4月からスタートしたチームK公演”逆上がり”でも出演し、担当したユニット曲は”抱きしめられたら”で出演者は「河西 智美さん、佐藤夏さん」の三人編成での出演でした。

この公演では”主要”メンバーだった「秋元才加」さんが単独(ソロ)で”虫のバラード”を披露し、あまりにも”完成度”が高かったため、AKB48リクエストセットリストベスト100で”上位入り”を果たしたり他のメンバーが歌ったりと、非常に人気を集めた楽曲で、後に秋元才加さんの代表曲となって行きました。


引用元【ツイッター(AKB48@メモリスト )】

AKB全体では、同年3月にリリースされた”11th”の楽曲”10年桜”で選抜入りを果たします。


引用元【ツイッター(SakuratanFC )】

この楽曲のセンターは「前田敦子」さんと「松井珠理奈」さんの”ダブルセンター”として注目を集めましたが、「松井珠理奈」さんは前作”大声ダイヤモンド”でも抜擢されており、AKB内では珍しい”新人”による様々”伝説や歴史”を作り上げたことで有名で、それにより”大声ダイヤモンド”が大ヒットを記録したことでの「再抜擢」となったのです。

一方、同年6月にAKBでお馴染み”選抜総選挙”が開催され、倉持明日香さんは”初参加”でしが、見事!21位を獲得して”13th ・シングル選抜”を手に入れました。

この13thの楽曲は”言い訳Maybe”です。


引用元【ツイッター(北山 シロ )】

また同年8月に行わわたライブイベントで、AKBのライブではお馴染みの”組閣”が行われ、当時所属していた”チームK”から「チームA」へ”異動”することが発表されました。

しかし実際にチームA”デビュー”を果たしたのは翌年(2010年)7月からです。

この公演(目撃者)もチームAの中でも人気が高い”ライブ”であり、後に他の”姉妹グループ”や”新生チームA”に変わった際に「再公演」されております。

当時”チームA”と言えばAKBのチーム内でも、最も”メイン”のライブとして知られており、”シングル選抜”に入る”主要メンバ”が多く集まっており、各チーム内でも人気は一番でした。

そんな人気チームのメンバーに倉持明日香さんが”異動”し、ご本人は相当”緊張”したと思いますが、同年7月から「チームAデビュー」を飾りました。

担当ユニット曲は”腕を組んで”で「仲谷明香さん、前田敦さん」の三人編成での出演でした。



引用元【ブログ(あきさし神Two推し)】

一方、同年6月にAKBでお馴染み”選抜総選挙”が開催され、見事!23位を獲得して”17th ・シングル選抜”入りを果たしました。

この17thの楽曲はAKB48が世間から”知名度”が「認知」される事となる超有名曲のシングル「ヘビーローテーション」です。


引用元【ツイッター(ゆきぱる@AKB )】

また、その”選抜総選挙”から順位毎に”一纏まり”に区切られるスタイルが導入され、23位の倉持明日香さんは”アンダーガールズ”入りとなりました。

その後、同年9月にはAKB内でも”アイドル色”が濃かった「柏木由紀さん、高城亜樹さん」とで、ユニット”フレンチ・キス”を結成し、楽曲”ずっと前から”でシングルデビューを果たします。


引用元【ツイッター(やまなお )】

2011年になるとあまり”大きな動き”はないものの、恒例の”22nd・選抜総選挙”では「21位」を獲得して選抜入りを果たしました。

この22ndの楽曲は”前田敦子”さんを代表する楽曲の”フライングゲット”です。


引用元【ツイッター(なたでここ )】

2012年5月には、仲の良い「柏木由紀さん、高城亜樹さん」、さらに「大家志津香」さん「佐藤夏希」さんと共に所属先事務所を”移籍”して、新たに大手芸能プロダクションの”ワタナベエンターテインメント”へ所属されました。

そしてお馴染み”27th・選抜総選挙”では「22位」を獲得して”アンダーガールズ”入りを果たしました。

この27thの楽曲は”大島優子”さんを代表する楽曲の”ギンガムチェック”です。


引用元【ツイッター(む し む し )】

この年の8月にはAKB48の祈願でもあった(特にたかみなが!)東京ドームコンサートを実現し【さらに!】倉持明日香さんが”チームK”に「出戻り」することが発表されました。

そして同年11月から、またチームKでのスタートを切ります。

この時の公演は”ウェイティング公演”と題され、チーム内も”様変わり”して新たなチームKとして船出となりました。

なので、倉持明日香さんはAKBに入って自身初のチーム内「スターティングメンバー」を飾りました。

また、この時の”チームキャプテン”は大島優子さんが勤め「大島チームK」のスタートを飾りました。

翌年の2013年4月に”幕張メッセ”で行われたAKBの”握手会”で、自身初となる「ソロデビュー曲」がリリースされることが発表されました。

そして同年5月29日に、ソロデビュー曲”いつもそばに”がリリースされました。


引用元【ツイッター(からあも@月海 )】

同年に行われたお馴染み”32nd・選抜総選挙”では”36位”と大きく陥落し”ネクストガールズ”入りを果たしました。

この32ndの楽曲は指原莉乃さんを代表する楽曲”恋するフォーチュンクッキー”です。


引用元【ツイッター(AKB48 Video )】

“大島チームK”の主力メンバーとして活躍していたものの、2014年2月になるとAKBのライブで恒例の”組閣”が行われ、自身初のチームBへ「キャプテン」として異動することが発表されました。

そして同年4月に惜しまれつつもチームK”ウェディング公演Ⅱ”の「千秋楽」を持ってチームKを終にされました。

その後、同年4月末から新たにチームBの”キャプテン”として公演「パジャマドライブ」の初日を迎えました。

その年に行われた恒例の”37th・選抜総選挙”では「52位」と更に大きく陥落し”フューチャーガールズ”入りは果たしたものの、この頃から”卒業”の噂が囁かれる様になります。

この37thの楽曲は渡辺麻友さんを代表する楽曲”心のプラカード”です。


引用元【ツイッター(ゆにま?る@SWDC #6 チームルマン シーズン39 チーム内1位 )】

そして2015年7月にスポーツ誌の”サンケイスポーツ”からAKB48をご卒業される事が大々的に発表され、そして実際に同年8月のAKB劇場”倉持卒業”公演を持ってAKBから!ご卒業されました。





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◇ 経歴や実績[年代順]


◇ シングル

・ 2007年に、”デフスターレコーズ”が手がけた作品”夕陽を見ているか?(ひまわり2.0Mix)”がリリースされ「シングルデビュー」を飾ります。

◇ テレビドラマ

・ 2010年に、テレビ東京系列で放送された番組”マジすか学園”に出演され「テレビドラマデビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(チバの落花生 )】

◇ ラジオ

・ 2010年に、”CBC”局が放送した番組”AKB48 今夜は帰らない…”に出演され「ラジオデビュー」を飾ります。

◇ アルバム

・ 2010年に、”キングレコード”が手がけた作品”Baby! Baby! Baby! Baby!”がリリースされ「アルバムデビュー」を飾ります。

◇ 舞台

・ 2011年に、”サンシャイン劇場”によって公開された舞台”DUMP SHOW!”に出演され「舞台デビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(あみなちやんずbot )】

◇ 写真集

・ 2013年に、”秋田書店”が手がけた作品”耳たぶ”がリリースされ「写真集デビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(ももひき侍 )】

◇ ネット番組

・ 2017年に、Abema系列で放送された番組”日本で一番カワイイ女の子をこの番組が、決めちゃうゾTV”に出演され「ネット番組デビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(くすぐり情報局 )】

◇ MV

・ 2019年に、”いきものがかり”が手がけた作品”あなたは”がリリースされ「MVデビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(偽丸藤(ニセマルフジ) )】

◇ テレビ番組

・ 2020年に、TOKYO MX系列で放送された番組”ナイトカード”に出演され「テレビ番組デビュー」を飾ります。


引用元【ツイッター(倉持明日香 )】


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◇ プロフィール


本名
倉持 明日香
読み
くらもち あすか
生年月日
1989年9月11日
仕事
タレント・女優
出身地
神奈川県横浜市
所属事務所
ワタナベエンターテインメント
血液型
A型