昭和生まれの若者に大ヒットした「恋愛観察番組」と言えばどの番組を思い出すでしょうか?

やはりフジテレビ系列で放送された「あいのり」ですよね♪

毎週「恋愛」を生々しく成り行きを観察する番組としては”あいのり”が初めての番組だったと
私は思っていますが・・・どうなんでしょう?

そして「あいのり」で連想する楽曲、あるいは歌手は誰ですか?と聞かれれば・・・
そう!!シンガーソングライターの「川嶋あい」さんを思い出す方が”ほとんど”だと思います。

 

引用元【インスタグラム(cbkn1136)】

 

当時、恋愛番組のイメージと楽曲の内容から「天使のヴォーカリスト」として有名でしたよね♪

またメジャーデビュー前から「路上ライブ」で活動し、卓越した「透明感のある歌声」で沢山の
通りすがりの人々の心を掴み「路上の天使」と呼ばれていたことを今でも記憶しております。

しかし芸能界のデビューは「川嶋あい」の名を伏せ、音楽ユニット「I Wish」のメンバー”ai”で
キーボード担当の”nao”氏と共に活動されておりました。

そして二人して生み出したデビュー1stシングル「明日への扉」が2002年10月から
恋愛観察番組”あいのり”の主題歌として”タイアップ”を受けると、見事に大ヒットし番組の
視聴率が上がると同時に二人の元を離れ「あいのり」の代名詞として当時の番組ファンだった
若者達の記憶に残り、今でも”時折り”耳にすることがあります。

 

 

この楽曲はもう少しで”ミリオン”達成まで近づいたのですが最終セールスは「90万枚」と
言われており「I Wish」ではもちろん、個人としても大ヒットを記録した楽曲となりました。

なので”あいのり”の主題歌でもあり、逆に”あいのり”人気の「火付け役」でもあります。

元から所属事務所の「戦略」で結成された”ユニット”であることは後に分かりますが”I Wish”は
2005年3月をもって「解散」し、その後は「川嶋あい」さん単独での音楽活動をスタート
させました。

そして”ソロ”になっても人気は続き、2007年2月にリリースした11thのシングル
「My Love」が再び”あいのり”の主題歌に”タイアップ”され、また見事大ヒットし同年の
オリコン年間インディーズシングルランキングで「2位」に輝きました。

 

 

その後もシンガーソングライターとして活動し、更に「社会貢献事業」にも積極的にご参加され
忙しい毎日を送っているそうです。

そんな”天使の歌声”を持つ「川嶋あい」さんに注目して見ました。

 

スポンサードリンク

 

◇ 川嶋あいさんの昔とは?

 

川嶋あいさんは1986年2月生まれの33歳(2019年)で、ご出身は「福岡県」です。

生まれた早々「父親」が”行方不明”な状態だったらしく、更にその影響なのか?母親も出産後
体調を崩し”子供”を育てる状況下ではなかったことから”川嶋あい”さんを地元の乳児院に預け
そちらの施設で育てられたそうです。

現在福岡県にあります”乳児院”は6ヶ所あるらしく「清新ミルクガーデン・福岡酪病院・福岡
サブホームみずほみずほ児児・北九州酪農病院・ガンムシャン売春宿・サドルハンド売春宿」
こちらの何れかの施設にお世話になったのか?分かりませんが、現在でも複数箇所の施設で、
同じような「待遇の子」を守って育てているそうです。

その後、体調を崩した母親は”病状が回復”することなく「お亡くなり」になられたそうです。

そして”川嶋あい”さんも大きくなり乳児院を卒業し、その後”児童養護施設”に引き取られました。

さらに大きくなった”川嶋あい”さんを何歳の時だったのか?は分かりませんが親戚の”川嶋家”に
「養女」の形で迎え入れられたそうです。

その当時は過度な”人見知り”で・・・と言うか、そのような人生を送って来たのなら「明るく
元気で素直な子」に育つ訳が無く「暗い子」になっても当然な話で、それを心配した川嶋家の
養父母が元気を出させようと”演歌”の「音楽教室」に通わせる事としたそうです。

今の”Jポップ”な声からは想像がつきませんが「コブシ」を回して歌唱していたのか?中学校
二年生の時に一度「演歌歌手」として楽曲「十六恋ごころ / あなたに片想い」でデビューを
果たしたそうです。

ところが全く売れず”数か月”で演歌歌手を「断念」し、学業と大好きだった「作曲」に
専念していたそうです。

しかしお世話になっていた川嶋家の「養母」がお亡くなりになり”一人になるのを恐れたのか?”
2002年に再び音楽活動を再開しました。

その後上京し都内の高等学校に通いながら音楽活動を本格化し、東京の四谷から”路上ライブ”を
スターとさせたそうですが、早い時期に「客層の違い」があったのか?「渋谷」に活動拠点を
移動しています。

“渋谷”で本格的に「路上ライブ」を行うようになった数か月後からキーボードを取り入れ、
「弾き語りスタイル」での演奏を始めたそうです。

その後”噂が”噂を呼び観客も増え、手売りしていたCDがなんと!5,000枚を達成し、
念願でもあった「渋谷公会堂」でのライブを叶えたそうです。

翌年からは全国ツアーに出るようになり、自身の”目標の一つ”であった「全国ライブ」を
沖縄ライブを最後に叶えたそうです。

その後も積極的に「路上ライブ」を重ねなんと!三年後の2005年には目標の一つであった
路上ライブ演奏”1,000回”を達成し、記念として路上ライブの”ゆかりの地”であった
「渋谷駅ハチ公前」で開催し、立ち寄り客1,000人以上の歓声のもと記念ライブを行った
そうです。

しかし、川嶋あいさんが上京し”路上ライブ”を行う際「自ら掲げた目標」があったそうで、
約3年の間にそれらを達成したことから、”路上ライブ”活動は終了する事としたそうです。

その後はシンガーソングライターとして”メジャー”になり本格的にソロとしての活動を開始し
“ヒットソング”をたくさん連発して行きます。

2007年頃までは出す楽曲”全て”がオリコンチャート上位に入るほどの人気ぶりで、2005年に
自身初となるフルアルバム「12個の歌」をリリースしました。

こちらもオリコンチャート5位まで上昇しました。

 

 

その後も楽曲制作に慢心しておりましたが1995年1月に起こった「阪神・淡路大震災」で
被害に遭われた方々特に「学生」に思いを寄せ「親を失った」自らの幼い時の悲しみと、震災で
被害を受けた人々の悲しみとリンクしたのか?震災復興事業や関連イベントなどに積極的に
参加するようになって行きました。

さらに”チャリティー事業”や”アフリカの貧困問題”などの「社会貢献活動」にも進んで
参加するようになり、2010年10月には”国際連合児童基金(ユニセフ)”のセーフウォーター
キャンペーンの開催において協賛会社「イオン」のイオン1%クラブキャンペーンの”大使”に
任命されました。

その後も全国・全世界で”音楽活動”を行いながら、特にアフリカなどの”発展途上国”の「学校
建設」に力を入れながら今に至っているそうです。

 

スポンサードリンク

 

◇ 川嶋あいさんがホヤでアホ(阿保)になっちゃった?

 

シンガーソングライター「川嶋あい」さんと言えば「澄んだ歌声と人々の心を打つ曲」で
老若男女問わず音楽ファンを魅了しており、更に”福祉の志”も強く全国で起こった大震災や
あるいは全世界の恵まれない子供達の支援などに協力されている素晴らしい志をもった人物です。

しかし一方で「お茶目」な部分もあり「海のパイナップル」で有名な「ホヤ」がメッチャ
大好きらしく、食品としてではなく”ホヤ”そのものに「溺愛」しているらしく語りだしたら
切りがないほど「ホヤ愛」を持っているらしいのです。

ただそれが行き過ぎたのか?ちょっと「阿保っぽい」仕草の”呟き”が見られます。

引用元【ツイッター(川嶋あい)】

 

えっ!?「ホヤ・PHONE」って?新製品でしょうか??

さらにこの前にはこのような”呟き”が・・・

引用元【ツイッター(川嶋あい)】

 

はっ!?「ペット」って?でもこちらは「どう料理しても旨みがすごいからほんと楽しみ」と
コメントしてらっしゃるところを見ると「食用」として食べるようです(一安心!)

「ホヤ・PHONE」の方は「接続線」が無いようなので「海の音・音楽」あるいは「ホヤの
声・呟き」などが聞こえるのでしょうか?

若干理解に苦しみますが、流石「アーティスト」って感じなのでしょうか??

ただ川嶋あいさんは昔からマンガ「ワンピース」が大好きなことで有名で、マンガで登場する
“電話”は確か「電伝虫(カタツムリ)」でしたが、それと何か関係があるのでしょうか?笑;

ホヤは”貝類”であり、カタツムリも”巻貝”の一種らしいので共通点はあります。

でも、そもそも”電話”と”ホヤPhone”とでは「用途」が違いますね!笑;

やはりご本人に聞いてみないと分かりませんぬ・・・笑;

引用元【ツイッター(舞璃)】

 

スポンサードリンク

 

◇ 川嶋あいさんの生い立ちが壮絶過ぎ!

 

「天使の歌声」とか「路上の天使」等で有名なシンガーソングライター「川嶋あい」さんですが
実は幼い頃は「壮絶な人生」を送っていたのです。

それは地元”福岡県”に1986年2月に体調が優れない母親でしたが何とか”授かり”、これから
両親に可愛がられて育つはずだったのに、生まれて直ぐに父親が”失踪中”だったらしく、しかも
生んだ母親も子供を育てる体力がなく、仕方なく親元を離れ”乳児院”で生活することになりました。

「乳児院」は1歳未満の”身寄りのない乳児”が一時的に入院することのできる「福祉施設」で、
川嶋あいさんも1歳迄はこちらの施設にお世話になっていたようです。

しかし大きくなり母親の元へ帰らなくてはいけない年齢になったのですが、その時も母親の
体調が回復しておらず、仕方なく「児童養護施設」へと入居したそうです。

ところが自身”3歳”になった時、母親が体調不良の為お亡くなりになり、帰える場所を失って
しまいます。

その後「川嶋家」の養父母によって引き取られ育てられますが、実親の愛情を全く受けないまま
大人へと成長して行きます。

さらに不幸は続き!というか元から”養父母”に引き取られていたので両名共に「高齢」であって
“川嶋あい”さんが「小・中学校」の時にお亡くなりになられました。

つまり「身内」が誰もいなくなり”生涯”「孤独な人生」となってしまったのです。

たぶん親を失くした事情を一番理解していたのは、この「養父母」だったに違いないので、相当
可愛がれて育ったと思うので、失った時の”悲しみ”は尋常ではない程の苦しみだったと思います。

後に自らによって生み出される楽曲「さよなら・ありがとう~たった一つの場所~」とか「絶望
と希望」「Dear/旅立ちの日に…」「空はここにある」等は、まさにこの時の体験があったから
こそ生まれた楽曲ではないか!と私は思います。

 

 

また、そのような悲しみを乗り越え「前向きに生きる希望」を見つけた経験者として、同じ様に
幼い頃から貧しい生活・あるいは辛い”悲劇”で苦しんでいる子供達を支援するための活動に
積極的に参加されております。

特に紛争が激しい「エチオピア」に”児童養護施設”の建築に貢献したり”エイズ”が乱交し
子供達が犠牲となっている「カンボジアや西アフリカ」などに建設されている”学校”の支援を
行ったりと「社会貢献事業」に大きく関与されておられます。

また国内では大震災の復興に貢献するためのチャリティーイベントに協力したり、自ら被害地に
出向いて”音楽で励ました”りして、前世界でご活躍されておられます。

なので、自身の生い立ちが不幸であった事から目を逸らさず、同じように苦しんでいる子供達の
心に”寄り添い”ながら”未来ある世界”へと「導いて」くれております。

素晴らしい♪♪

 

スポンサードリンク

 

◇ 川嶋あいさんが拒食症だった可能性がある?

 

実は昔、地元にある「ショッピングセンター」に川嶋あいさんがいらっしゃいました。

その時は川嶋あいさんは”ゲスト”として招待された形で、主に「生トーク&ライブ」をメインに
行うとあって非常に楽しみに会場へと行きました。

当時は私の両親もまだ若く「J・POP」も抵抗なく聞ける年代でしたので一緒にイベントに
参加しました。

そしてイベントがスタートし川嶋あいさんの出番が近づき、MCのお膳立て?も整ったところで
会場のファン達からも期待が溢れる中、ご登場されました・・・が!何か違う・・・?

なんと!昔”あいのり”の主題歌(明日への扉)を歌っていた頃のお姿と、その時実際に生で拝見した
お姿とが「あまりも違い」ビックリしたのです。

まずは第一印象は「細っ!!」

こんなに”小柄な人だっけ?”と思うほど小さく感じクビあたりは肉がなく体皮が張っている感じ
衣装が”ノースリーブ”であった事から「腕周り」が良く見えたのですが「筋が浮いている」様な
感じに見えました。

また下着はスカートでしたが、見るからにブサブサで今にも落ちそう!!

そんなビジュアルだったことから、何か声にも”肉圧感”がなく迫力にかけたような歌声に感じました。
もちろん「天使の歌声」は健在で透き通った歌唱には魅入られていましたが、なんか全体的に
元気のないお姿に感じました。

まるで私の母が昔体験した「拒食症」のスタイルによく似ていました。

なので隣に居た母親に「母さんの昔に似ていない?」と尋ねると「そうそう!」との答弁。

さすがにMCを担当していた女性もそれが気になったのか?しばらくするとツッコミを入れ
「とても細いですね!」と尋ねると川嶋あいさんは「いいえ!」と言いながら微笑を浮かべました。

話によると当時「ランニング」が趣味だったらしく一時体脂肪率が一桁になるまで痩せたことが
あったそうです。

ただ基本的に「筋肉」が少ないので”スポーツ選手の女子”と違って、ただ痩せると脂肪だけ
燃焼し「骨」がモロに見え始めるので「拒食症」患者に見えてしまいますよね!

川嶋あいさんは「拒食症」に触れていなかったので”患者”ではなと思いますが、あまりにも
そのように見えたのでいちを疑ってみました。

ちなみに、私の父も”母”が拒食症であった時の姿を見ているのですが、体格が同じ様に見えた!
と話しておりました。

真実はいかに・・・?

 

 

スポンサードリンク

 

 

■ 川嶋あいプロフィール

本名
川島 愛
読み
かわしま あい
生年月日
1986年2月21日
仕事
女性シンガーソングライター
出身地
福岡県福岡市
所属事務所
ダブルウィング
血液型
AB型

 

 

スポンサードリンク