元AKBやSKEの一員で「男前キャラ」で女性ファンが多かった「宮澤佐江」さんが、長いこと
休んでいた「芸能界」へ復帰することが分かり話題になっています。


引用【サイト(ウレぴあ総研)】

 

新たな旅立ちのパートナーに決めたのが、前事務所の「フレイヴ・エンターテインメント」ではなく
大手芸能プロダクションの「ホリプロ」のようです。

「ホリプロ」には、元AKBグループの「板野友美」さんや「河西智美」さん、「石田晴香」さん
「宮崎美穂」さん、現AKBグループでは「荻野由佳」さんなど、たくさんのAKB関係者が
所属していることで有名ですね。

特に板野友美さんや河西智美さんや宮崎美穂さんは「宮澤佐江」さんがAKB時代に同じチームKで
活動していたメンバーなので、知り合いも多数いるので安心して新事務所からスタートできる
ことでしょうね。

さらに、以前ご自身でも話していましたが憧れの女優は「平山あや」さんとのことだったので、
「平山あや」さんの事務所が「ホリプロ」なので、それも事務所選びの際「決め手の一つ」に
なったのかも知れませんね?


引用【サイト(ホリプロ公式)】

 

また当時からAKBグループ内でも「チームK」だけは「結束の強いチーム」として有名で、
男性ファンのみならず「女性ファン」も多いチームでした。

ただ今はAKB人気に「限りが見え始めて居る」こと、さらに各国・各地に姉妹グループが
増えたことで、ファン達もバラけ東京劇場に足を運ぶ必要がなくなっていることから、
どのグループのどのチームが人気上がるか?分り難くなっています。

その意味でも、昔の「チームK(特に初代)」はAKBのグループ内でも特に人気がありました!


引用【サイト(NAVERまとめ)】

 

特に「大島優子&秋元才加」さん時代は「体育会系」世代であり、熱いダンスとパフォーマンスが
特徴的なチームで、さらにチーム内でトラブル・不祥事・祝い事・食事会などがあれば挙って
全員参加し、チーム一丸となって問題解決や楽しみを共有したりと「男性勝り」の団結力を
見せつけてくれた時期でありました。

「秋元才加」さんの「不倫疑惑」が取り上げられた時などラジオ番組で「釈明する時間」があり
周りにいたチームKの仲間のほか、ラジオを聞いて心配した「宮澤佐江」さんが突然乱入し、
さらに他の現旧メンバーも次々集結し、最後にはAKBの顔である「たかみな(高橋みなみ)」も
乱入して「秋元才加」さんを励ましたことなど、今でも鮮明に思い出されます。

 

 

 

この当時はAKB48メンバーと研究生、ライバルグループとして「乃木坂46」だけで
「会いに行けるアイドル」として活動していたので、今のように「姉妹グループ」が無く
各チーム別や乃木坂を応援するファンが多数いました。

その中で「宮澤佐江」さんはご自身がAKBに加わった2006年からチームKに所属し、
以後ご自身が海外姉妹グループ「SNH48」に移籍するまでチームK一筋で支えていました。


引用【サイト(ウレぴあ総研)】

 

その後、当時所属していた事務所(フレイヴ エンターテインメント)との契約が切れるを機に
2018年5月に芸能活動を一時休止することを伝え今に至っておりました。

そんな「宮澤佐江」さんですが、ようやく「充電期間」も終えたようでこの度7月21日から
埼玉「彩の国さいたま芸術劇場」ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」への出演が決まり
そこから芸能界へ「復帰」するそうです。

「ピーターパン」は以前、2017年に出演経験のあるミュージカルなので、慣れ親しんだ
作品からスタートするのは非常に良いことだと思うしパワーアップした「さえ」ちゃんが
見れると思うので、「宮澤佐江」さんの経歴や芸能界復帰のきっかけなどを勉強してみました。

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◇ 宮澤佐江さんとピーターパン?

 

「宮澤佐江」さんは2016年4月をもってAKBグループから卒業をしています。

その後テレビやメディアなどで目にする機会がほとんどなくなった時期がしばらく続き、その間は
舞台をメインに活動していたらしく2016年8月から東京都千代田区にある「帝国劇場」で
公開されたミュージカル「王家の紋章」に出演し、歌手でタレントの「新妻聖子」さんと共に
「ダブルキャスト」として「キャロル役」で舞台に上がっていました。

たぶんこの舞台が初ミュージカルだと思いますけど「宮澤佐江」さんの性格から、相当練習に
励んだに違いありませんね!

またAKBで培った「キレのあるダンス」を披露しミュージカルを盛り上げていました。

そして翌年の2018年7月から公演されたブロードウェイミュージカル「ピーター・パン」に
出演し「タイガー・リリー」役を担当したようです。

性格的には主役の「ピーター・パン」役をやりたかったとは思いますが、そこはまだ経験不足で
あることから関係者も次の機会を考えたのでしょう。

ただAKB時代から「男前キャラ」と言われていたので「ピーター・パン」役にはまさに適任だと
私は思っているのですが、やはり経験値が少ない分本人も無理はしなかったのかもですね!

その経験を生かし芸能界復帰の門出に決めた仕事が慣れ親しんだ「ピーター・パン」のようです。

 

 

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◇ 芸能界復帰の決め手は兄の手紙?

 

「宮澤佐江」さんが今回、芸能界復帰のきっかけとなった要因の一つに「兄からの手紙」が
あったからだそうです。


引用【ブログ(AKBタイムズ)】

 

長男が7歳年上の「りょう君」、二男が5際年上の「しーちゃん」の2人の「兄」がいるようです。

今回「さえ」ちゃんが芸能界復帰の後押しをしてくれたのが長男の「りょう君」のようで、
昨年(2018年)11月に長男「りょう君」が結婚式を執り行ったそうで、そこに「さえ」ちゃんも
出席し自身が座っていた披露宴のテーブルの上に「兄から」の手紙が置かれていたらしく紙には↓↓

「休みたいかもしれないけど、お前が活躍している姿を見たい」

 

「励まし」と芸能界復帰への「応援」メッセージが書かれていたそうです。

その文を見た「さえ」ちゃんは兄からの率直な意見と突然の「言葉」が嬉しかったらしく、それが
きっかけで芸能活動の再開を決めたそうです。

実に良い話ですよね!!

元から兄弟達は仲が良いことで知られており、以前AKBのテレビ番組に共演したこともあります。

7際年上の兄も自身が結婚し新たな人生を進んで行く「覚悟」的な思いを持ち、芸能界で「花」を
咲かせた「さえ」ちゃんに、自身と同じように新たな気持ちで芸能活動に復帰して欲しいと
思ったに違いありませんね!!

「さえ」ちゃんファンからしたら芸能界へ復帰し、また「さえ」ちゃんが見れる機会を与えてくれた
この年上の兄に感謝しなければいけませんね♪

ちなみに、今回の「さえ」ちゃんの芸能界復帰には超仲良しで親友の「秋元才加」さんや同じく
親友で元チームKキャプテンの代名詞「大島優子」さんも喜んでいるようです。

 


引用【ツイッター(大島優子)】

 

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◇ 宮澤佐江さんの履歴

 

「宮澤佐江」さんはAKB48のメンバー集めが始まった2006年に「初期メンバー応募」の際
書類の送付が間に合わず初代メンバー入りを果たすことができませんでした。

しかし追加で行われた「第2回AKB48追加メンバーオーディション」に見事合格し
AKBグループ「第二期生」としてアイドル活動が始まりました。


引用【ブログ(増田有華official)】

 

その後AKB内で「チーム別」に分かれ劇場公演で「A」「K」「B」の日替わり公演が始まり
「宮澤佐江」さんは初代チーム「K」メンバーの一員となり同年4月に初公演を行いました。

同年10月にリリースされたメジャーデビューシングル「会いたかった」で自身初の
「選抜メンバー」入りを果たし本格的にアイドルとしての「さえ」ちゃんがスタートします。

その当時はまだ、AKBの人気はそれ程高くなく、ファン層はAKB目当てのヲタクがほとんどで
達劇場公演をメインに活動しておりました。

なので、日替わりチーム戦となった劇場公演は、ヲタク達のファン層がハッキリ別れるようになり
元祖AKB的イメージのチーム「A」、体育会系的イメージのチーム「K」、メッチャアイドル的
イメージのチーム「B」と別れ、さらに各チーム内の誰を応援するかを定める「推しメン」と言う
言葉も生まれていました。

その中でも体育会系のチーム「K」は男女問わずファン層が厚く「見ごたえのある公演」として
たくさんのファンが集まる様になり、翌年(2007年)にはAKB48では初の「派生ユニット」
「Chocolove from AKB48」が結成され、代表メンバーは「秋元才加」さん「中西里菜」さん、そして
「宮澤佐江」さんの3名のユニットが完成されました。


引用【サイト(wikipedia)】

 

その後デビューも果たしましたが全国区でのAKBの人気が高くなく、さらにこの3名のアイドルの
存在すら知らない人達がほとんどだっため、敢え無く活動が休止となります。

ただAKBヲタク達や若い子から「絶大的人気」を博していたので、その年の年末にはNHK紅白
歌合戦にAKB48として初めて出場をしました。

その後も「劇場公演」をメインにテレビ番組・シングル選抜・AKB選挙・じゃんけん大会・
AKB紅白歌合戦・リストベスト100・ラジオなどで忙しい日々を過ごしていました。

そんな中、AKB48から「卒業」するアイドルが増え始め、「宮澤佐江」さんの「分岐点」だと
私が思っている「SNH48」への移籍が行われました。

これは2012年の8月に開催された「AKB48 in TOKYO DOME~1830mの夢」の初日イベントの際、
恒例の「チーム振り分け」が行われ、そこで当時中国上海に結成予定だった「SNH48」への
電撃移籍が発表され(本人は了解済)AKB48として初めての海外グループへ参加することに
なりました。

その後は活動の拠点を中国上海市へ移し、ド素人とに近いチームメンバーの歌やダンスを指導し
さらに若過ぎるやる気のないメンバーの「根性」を叩き治したり、ダンス覚えの悪いメンバーに
ダンスを一から指導したりして、まるで「たかみな」的役割を果たし立派にSNH48を
育て上げていました。

ちなみにAKBからもう一人「鈴木まりや」さんも居ましたが、元から「能天気?」な性格なので
チーム内を指導する役割では無く「盛り上げる役」を演じていたと想像されます?

その後SNH48内でも「チーム別」に分かれることとなり「宮澤佐江」さんはチーム「SII」に
なりました。

SNH48のメンバーもアイドルとして慣れ始め、ダンスも上達し、劇場公演に来る客も増え始め
「宮澤佐江」さんには時間の余裕ができた頃、日本と中国を行ったり来たりするようになり、
日本の仕事にも積極的に取り掛かるようになります。

つまりSNH48での「宮澤佐江」さんの「仕事」or「目的」は一段落したわけです。

なので2014年の2月に開催されたコンサート「AKB48グループ大組閣祭り」で名古屋を
拠点として活動しているSKE48内のチーム「S」を兼任することになり、さらにチームの
キャプテンを務めることが発表されました。


引用【サイト(SKE48 Mobile公式)】

 

その年の9月には自身初となるミュージカル「AKB49~恋愛禁止条例~」に出演し、座長も務め
徐々に演劇にハマっていったそうです。

翌年の2015年に開催された「AKB48総選挙」では自身最高順位の「8位」を獲得し、
選抜メンバー入りはもちろん「さえ人気」が最高潮になっていたことを証明しました。

ところが、同年12月にフジテレビ系列で毎年恒例で放送されている歌番組「FNS歌謡祭」で
AKB48グループから「卒業」することを発表しました。

共に頑張ってきたメンバーの卒業が増えたことや、後輩がドンドン増えていること、さらに自身の
人気が最高潮になっていることなどを鑑みて決断したんだと思います。

「チームK」一筋を走り続け、海外チームの成功に貢献し、AKBの「男前キャラ」でファン層を
拡大し、AKBでの「宮澤佐江」さんがやるべき仕事は全て遣り切っての「卒業」だったと
私は思います。

なので本人も悔いのない「アイドル時代」を過ごしたと思います。

これからは「アイドル」ではないタレントとしての「宮澤佐江」さんが見れると思いますので、
非常に注目するところです!!

 

■ 宮澤佐江プロフィール

本名
宮澤佐江
読み
みやざわ さえ
生年月日
1990年8月13日
仕事
元アイドル・タレント
出身地
東京都
所属事務所
ホリプロ
血液型
O型

 

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